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ポテトチップスさん

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初めて耳にした五分間近い肉声に僕は震えた

16/12/06 コンテスト(テーマ):第124回 時空モノガタリ文学賞 【 五分間 】 コメント:2件 ポテトチップス 閲覧数:505

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 そして、翌日はとても暑い日でした。綿アメのような雲がポコポコと、あっちの空にこっちの空に浮かんでいました。
 あの時の僕は、いつも薄汚れたボロボロの白いランニングシャツを着ていたけど、その日の正午前、母に新品のランニングシャツに着替えるように言われたんです。
 僕はまだあの時、8歳になったばかりだったから凄く嬉しかった。真っ白なランニングシャツの真新しい肌触りや、自分の体臭のしないちょっと化学薬品のような臭いに、僕は今なら不謹慎だと分かるけど、その時は心から喜んだ。
 正午30分前くらいだっと思います、僕は母に手をひかれて村の集会所のような所に連れて行かれたんです。
 集会所と言っても立派な建物ではなく、小さな小屋に毛が生えた程度の建物です。僕はそこに連れられて行って驚いた。何て表現したらいいのか言葉に困るけど、体が強張るくらい驚いたんです。
 だって集会所の周りの砂の上に、村の老人や女性達が正座して泣いていたから。とくに怖かったのは、村の村長が大声で怒鳴りながら泣き喚いていました。
『ワシは認めん!ワシは認めん!』って、何度も何度も同じ言葉を叫んでました。
 名前はもう忘れてしまったけど、村の者達からは『ヒゲ先生』って呼ばれていたその村長は、温厚な人柄の人で、村一番の人格者だと言われていたんです。
 母は小さかった僕によく、
『ヒゲ先生みたいな大人にならなきゃダメよ』って、いつも言ってました。
 余談ですが、ヒゲ先生は口髭を生やしていたかもしれません・・・・・・。もう昔のことだから顔を憶えていませんが、だからヒゲ先生なんて呼ばれていたのかもしれませんね。
 話を戻します。村一番の人格者のヒゲ先生の荒れた姿を見て、僕は酒に酔ってるのかなって、ちょっと思ったのも確かなんです。
 でもその時の泣き方は、尋常じゃなかった。僕はもう80歳近い老人だけど、あの時ほど悲しそうに泣く人を見た事がない。
 なんだろう・・・・・・、神や仏に見捨てられた人のような泣き方だった。僕はその時、酷い喉の渇きを覚えていました。
 暑さのせいもあったけど、まるで僕の口の中の水分が、泣き喚くヒゲ先生に奪われていくように感じました。
 僕は口がカラカラで、隣に立つ母に喉が渇いたと言うおうとしたら、母は口を手で押さえ声を殺して泣いていました。
 僕は先ほどまで、新品のランニングシャツを着させてもらって、喜んでいた自分が酷くいけないことだったと自覚したんです。
 8歳と言えば、現代では小学校3年生くらいですね。ちょっと、3年生の生徒は手を挙げてくれますか?
 なるほど、当時の僕は君達くらいの背格好だったんだね。懐かしい気持ちです。ありがとう。手を下ろしてください。
 でもまた余談になりますけど、こんなに大きな体育間なのに全校生徒が集まると狭く感じるね。先ほど校長先生とも少し話をしましたけど、ここの小学校は県内でも一番のマンモス校らしい。
 ここの学校を見る限りでは、少子化が嘘のように感じます。また余計な余談を言ってしまいました。僕の悪い癖なんです。
 正午1分前には、泣き喚いていた村長も疲れ果てたように砂の上で正座をして、頭を垂れていました。もちろん、母も僕も村の全員が砂の上で、ラジオに正対して正座をしてました。
 今でもハッキリとその音を覚えてます。正午ちょうどにラジオから時報を告げる音がしたんです。時報の後に聞こえてきたのは、明瞭な声の男性アナウンサーの声でした。
『只今より重大なる放送があります。全国の聴取者の皆様御起立願います』と伝えてきました。
 村の人達が起立しようとするのを、ヒゲ先生が『正座したまま聴取しよう』と制した。
 僕達は正座してノイズの酷いラジオに耳をそばだてました。君が代の演奏が終わったすぐ後に、天皇陛下の肉声が聞こえてきたんです。
 僕はよく分からないが体が震えてきて、自分はこのまま死んでしまうのではないかと思ったくらいです。
 村の全員が声を出して泣き、村長の『う〜う〜』と言う唸り声が、ノイズの酷いラジオの音をさらに聴き辛くしました。
 五分間までは無かったけど・・・・・・、正式には4分30秒間、日本中の国民がその陛下の肉声に涙しました。
 放送がすべて終わった後、立ち上がった村長が小さい声で、『天皇陛下、生きておられてよかった・・・・・・』と言ったんです。僕の耳にはしっかりとそう聞こえた。
 ヒゲ先生のその言葉を聞いた後、僕は空を見上げました。鳶が戦争など無かったかのように、優雅に飛んでいた。優雅に飛ぶ鳶の姿と、五分間近い陛下の肉声が今でも僕の心の中に深く刻まれています。

 今日は、こんな老人の戦争体験談を最後まで聞いて下さいまして、ありがとうございました。
 校長先生をはじめ、先生方にも深くお礼を申し上げます。
 



 


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このストーリーに関するコメント

16/12/10 クナリ

主人公がどんな人なのかだんだんと明らかになっていく中、冒頭の「夏」などのキーワードが存在感を増し、ラジオのくだりでは思わずため息が出ました。
当時の人々の価値観や生き方を否定することのない語り口は、安易な批判による反省よりも人々に平和の尊さを届けることと思います。

16/12/10 ポテトチップス

クナリさまへ

コメントありがとうございます。
主人公にとって敗戦と天皇陛下の肉声、それにヒゲ先生の悲しむ姿が、80歳近い年になっても、鮮明に憶えてるんだろうと思います。

主人公の戦争体験談を聞いて、体育館の小学生は何を感じたのでしょうか…・・・。

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