泡沫恋歌さん

泡沫恋歌(うたかた れんか)と申します。

性別 女性
将来の夢 いろいろ有りますが、声優ソムリエになりたいかも。
座右の銘 楽しんで創作をすること。

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16/12/05 コンテスト(テーマ):第122回 時空モノガタリ文学賞 【 美術館 】 コメント:6件 泡沫恋歌 閲覧数:1024

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 アンリ・ルソー(1844-1910)は、素朴派を代表するフランス人画家。夢想的で異国的な密林の情景などを描いたルソーの作品は、当初は稚拙だと嘲笑の的になっていたが、晩年には高く評価されて、現在では素朴派を代表する画家として人気がある。

 有名な絵画コレクターの遺品から未発表のアンリ・ルソーの絵が発見されたというニュースが世界中に報じられた。
 その絵は1908年にルソーが描いた『静物・異国の果物』という作品と酷似しており、バナナやマンゴー、ライチなど熱帯の果物を描いた48×55の油彩画である。
 多くの鑑定家によって絵画は本物だと太鼓判を押された。世界中の美術館がその絵を欲しがったが、日本の資産家がパリのオークションで競り落とした。
『熱帯の果実』と名付けられたルソーの絵は、日本のある美術館に秘蔵された。

 日曜日の午後、美術館は入館者でごったがえしていた。
 今世紀最大の発見であるアンリ・ルソーの幻の名画が展示されるというので、ひと目みたいと美術愛好家が押しかけてきた。そんな中、ある老人が人垣をかき分けしゃにむに絵画の真ん前に立った。
 絵をじーっと眺め、フンと大きく鼻を鳴らしてから、大声で叫んだ。
「この絵はニセモノだ!」
 その言葉に周囲がざわついた。さらにもう一度叫ぶ。
「ルソーの贋作を飾るんじゃない!」
 持っていた杖を振り上げ絵を叩こうとしたので、美術館の警備員と学芸員が飛んできた。すぐさま老人は取り押さえられたが、まだ大声で喚いている。
「ニセモノだー! そのルソーは贋作だー!」

 警備員二人に両腕を掴まれて、老人は館長室に連れてこられた。白髪に髭をたくわえた品の良い館長が、警備員たちに手荒なことはしないようと諫めた。
「わたしは当美術館の館長の石塚と申します」
 挨拶をしたが、老人は怒ったように口をつぐんでいる。
「あなたは展示品のアンリ・ルソーの絵を贋作だとおっしゃったそうですが、何か根拠でもあるんですか?」
「うむ」
「あの絵は多くの鑑定家に調べてもらい本物だと判定されました」
「そいつらの目は節穴じゃ」
「鑑定が間違いだというのですか?」
「そうじゃ、あのルソーはニセモノだ」
「そうおっしゃる理由は?」
「あの絵は、このわしが描いた」
「はぁ?」
「1955年頃、わしはパリへ絵の勉強に留学しておった。アカデミーに通って印象派や素朴派の絵の技法などを学んだ。ルソーの絵の模写が得意で描いている時には、まるで画家の魂が宿ったようだった」
 うっとりと懐かしむように老人はいう。
「……ですが、あの絵はオリジナルです」
「分かっとる。美術商に頼まれて描いた贋作じゃ。当時20歳だったわしはパリの下宿屋の娘と恋におちたが、その娘が病気に罹って金に困ってしまい、悪いことだと分かっていたが贋作を描いた」
「まさか有名な絵画コレクターの秘蔵品が贋作なはずありません」
 館長は笑って、老人のいうことを信じなかった。
「描いたわしがいっとるのだから間違いない。あれを描いて大金をもらったが、娘は死んでしまった。贋作を描いた罪悪感からわしは絵を描くことをやめて日本へ帰った」
「どうも信じられませんね」
 時々、有名な絵を自分が描いたと風潮する素人画家がいる。特に老人だけにその話の信憑性は低い。
「展示されてる絵は、ルソーの『異国の果物』をモチーフして描いたニセモノなのじゃ」
「あなたの証言だけでは贋作とは認められません」
「ルソーの『異国の果物』はライチのところに羽虫が這っているだろう? わしの『熱帯の果実』にはパパイヤの黒い種の中に蟻が一匹紛れこんでおる。いつか自分が描いたニセモノだと証明するため、わざと蟻を描いた」
「蟻ですか?」
「そう蟻じゃ。わしの名字が有田というので蟻だ」
「蟻か……」
 対峙する館長と有田老人――。
 突然、ノックの音がして館長室のドアが開いた。警備員が中年の女性と共に入ってきた。
「館長、この方がご老人のツレだとおっしゃるので……」
「老人ホームやすらぎ園の職員ですが、有田さんが美術館に行きたいというのでお連れしたら、館内で迷子になってしまって……。ご迷惑をおかけしました」
 職員はぺこぺこ頭を下げながら、有田老人を引っ張って連れて帰った。

 老人が帰った後、館長は『熱帯の果実』の鑑定書にもう一度目を通した。
 たしかにマンゴーの種の中に蟻が一匹描かれているとある。小さな蟻なので肉眼では判別できない、また蟻のことに触れた文献などは一般には出回っていないはずだ。
 どうして、あの老人は蟻のことを知っているのだろうか?
 一抹の不安は残るが、あれは老人の戯言として……鑑定家が本物だと判断した以上、誰がなんと言おうと、本物なのだ。
 アンリ・ルソー作『熱帯の果実』としてこれからも美術館に展示しよう。


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このストーリーに関するコメント

16/12/05 泡沫恋歌

アンリ・ルソーの絵が大好きなので、美術館がテーマのときには書いてみたいと思ってました。

もちろん、この話はフィックションですが『熱帯の果実』という想像上の絵は、
ルソーが1908年に描いた『静物・異国の果物』をイメージしてみてください。

『静物・異国の果物』には、たぶんライチだと思うんですが、小さな虫が描かれています。
そこで『熱帯の果実』はマンゴーの黒い種の中に蟻が描かれているというアイデアが浮かびました。
マンゴーの絵は参考までに添えておきます(笑)

16/12/10 霜月秋介

泡沫恋歌様、拝読しました。

絵に疎い私にとって、この掌編はルソーという画家を知るきっかけとなりました。そして真夏にスイカの赤い実を這う蟻を思い出しました(笑)
絵の勉強なりました。ありがとうございます。

17/01/04 そらの珊瑚

泡沫恋歌さん、拝読しました。

名画の影に知られざる謎がある、とても面白かったです。
老人の話が本当なら、相当な画力の持ち主だったと思われ
贋作に手を染めなければ画家として生きる道もあったかもしれないですね。

17/01/04 泡沫恋歌

霜月秋介 様、コメントありがとうございます。

将来、作家を目指しておられるなら音楽(クラッシック、ジャズ)や絵画の教養がある方がいいですよ。

いろいろ博学だと作品の幅もずっと広がりますからね。
大きなお世話かもしれないけど(笑)

17/01/04 泡沫恋歌

海月漂 様、コメントありがとうございます。

世界中の有名な美術館にも数枚の贋作が紛れ込んでいるのではないかと思うんです。

この話のポイントとしては、仮に贋作であっても鑑定家が本物だと判定したら、
本物になってしまうということです。
実際、そういう間違いはあると思うんですよ。

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