1. トップページ
  2. 「悪魔の部屋」――夫と娘の死体の横で

クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

性別
将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

投稿済みの作品

8

「悪魔の部屋」――夫と娘の死体の横で

16/12/05 コンテスト(テーマ):第124回 時空モノガタリ文学賞 【 五分間 】 コメント:10件 クナリ 閲覧数:621

この作品を評価する

 君がこの動画ファイルを見ているということは、例のホームに、亭主と娘と共に入居を決めたということだね。
 以前言った通りこの動画を、ホームに入る前に見てくれていることを願う。でないと、手遅れになるからね。
 私は君と入れ替わりに、ホームを出たことになる。もう会えないかもしれないな。
 いいかい、その建物には、君達と同じ悩みを抱えた人々が十数世帯暮らしている。そしてそれぞれの世帯の居室は区切られ、食堂と浴場、トイレが共同だ。
 ここからが重要だ。
 君達にあてがわれた居室は、ミニキッチンとリビングに個室二部屋という作りこそ他の家族と同じだが、ひとつだけ異なる点がある。
 板でドアが塞がれた、子供部屋があるだろう。
 そこには、決して入るな。
 君の亭主は勝ち気だからね、こんな板は邪魔だと剥がして、君の娘に子供部屋を使わせるかもしれない。
 それは決して許してはならない。
 私は、……その部屋のせいで家族を失い、入ったばかりのホームを出る羽目になったのだから。私の入居時にも施されていた、板によるドアの封印は、先人の忠告だったのだ。
 新聞にも載ったろう。散々報道された私の顔を知らない者は、もう国内にはいるまい。
 部屋のドアを再度塞いだのは、二度と同じ思いを他人にさせたくないからだ。いいね。誰も信じないかもしれないが、決してあの部屋の中に入ってはならない。

 五分間だ。
 たった五分間あの部屋の中にいるだけで、人間は恐ろしく変貌してしまう。
 最初は、電磁波の類を調べた。次に細菌やウィルス。それから、一通りのオカルトも。だが、原因ははっきりとは分からない。そうしている間に、私の退去日が来てしまったからね。
 対処法はひとつ、部屋に入らないことだ。
 私の妻は、息子をあの子供部屋に入れ、ケーキを焼くためにオーブンを温めている間、やけに静かになった息子の様子を見に行った。
 それきり部屋から出て来ない妻を見に、今度は私が子供部屋のドアを開けた。
 そして私は、首筋を息子に噛み切られた、妻の死体を見た。
 新聞の一面を飾った、あの真っ赤に染まった絨毯の上に、同じ色にまみれた妻が転がっていた。
 息子は妻を踏みつけ、子供部屋の入口にいた私に跳びかかって来た。子供とは思えない、恐ろしい力で。私の腕や、額の肉が噛み裂かれた。その度に息子の歯も砕け、割れてより鋭利になった歯が、紙のように私の皮膚と肉を削いだ。
 餓えて狂った狼のような息子の喉元を捕まえ、何度も平手で叩いた。躾けるためではなく、屈服させるための強さでだ。
 だが、息子は元に戻ることは、なかった。
 私があの部屋で過去に起きた怪事件の数々を知ったのは、全てが終わった後だ。
 今の管理人さえ知らない、町の老人の語り草でしかなかった「悪魔の部屋」のことを。
 私は、左手の指を二本と右耳を食いちぎられたところで、恐怖と恐慌に負けた。
 ……そしてこの手で、勢い任せに、息子の首を折ったのだ。
 後に残ったのは二つの死体と、一人の犯罪者さ。

 あの立ち回りの間、子供部屋に足を踏み入れていれば、私もまた息子と同じ状態に陥っていただろう。
 限られた資料からではあるが、あの部屋の性質の一部はつかめた。
 それをこれから話すが、まずは確認だ。
 これを見ているのは、入居前だよな? 君の亭主と娘は、あの部屋に立ち入っていないな? ドアを塞いだ板を、外してはいないな?
 子供はもちろん、大人があの部屋に入ってしまえば、手がつけられないことになる。子供は何とか捕えて確保することができるかもしれないが、大の男がああなれば、……その場で殺さなくては、君が殺される。間違いなく。
 それに、君もだ。万が一この動画を入居後に見ている場合のため、一応確認するぞ。いいか――『この動画を一時停止して、十秒後に再生しろ』。

 ……できたか? あの部屋に入ると、二分ほどで初期の症状が現れる。「悪魔」のなり始めは、まず、人の言うことを聞かなくなるんだ。どんなに簡単な指示でも、全く聞かない。
 だからただ動画を止めて再生するだけのことだが、俺の指示通り、普通にできれば問題ない。
 ……できたよな?
 症状は、たちの悪いことに、どうやら不可逆的だ。
 だからもし「悪魔」になり始めたら、それ以上悪化する前に隔離するしかない。
 他の入居者も、決してあの部屋に入れるなよ。
 分かったな。
 では、もういくつかの注意を言うぞ。まず、……

(ドア越しにノック音)
「ねえ、新入り家族さん。さっき凄い音がしたけど、大丈夫? 何かトラブルでも、あたし達の部屋には来ないでよね」

 ……
 ……

(ノートパソコンの動画が続いている)
(だが、その前には今、誰もいない)
(居室の入口の扉と、子供部屋の扉は、どちらも開いている)……


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

16/12/05 あずみの白馬

拝読させて頂きました。
このじわじわっと来る恐怖。クナリさんならではだと思います。
さらに怖いのが、部屋の謎が謎のまま終わること。
都市伝説的な話でしたが、最後まで恐怖が尾を引く良作だったと思います。

16/12/05 クナリ

あずみの白馬さん>
ホラーの演じのしかたというのはどんなものがあるだろう……と考えたとき、同然ある程度のパターンはあるのですが、そのアプローチ方法は千差万別だと思います。
作中にはアクション要素はありませんが、忍び寄る気持ち悪さを表現できていたら嬉しいです!

16/12/05 待井小雨

拝読致しました。
ぞわぞわとするような恐怖と薄気味の悪さを感じながら読みました。
最終的にどんな結末が待っているのか分からない、そんな居心地の悪さを味わえました。

16/12/06 クナリ

待井小雨さん>
既に絶望的状況は起こってしまっている状態で、それが段々と分かっていくという構成でした。
最後に「あたしたちの部屋には来ないでよね」と隣人が言ってしまっているので、悪魔化して言うことを聞かなくなっている主人公はその逆の行動を起こしてしまう……というところへ続く形で終わらせました。
B級ホラー感が出ていれば嬉しいです。

16/12/20 ゆきどけのはる

拝読させて頂きました。
文字を読み進める度、様々な思考がよぎり恐怖します…
謎は解かれることなく、次の犠牲者がやってきてしまったら、と考えるだけでぞっとします。
とても楽しく&怯えながら読めました。

16/12/27 クナリ

ゆきどけのはるさん>
個人的に恐怖を凄く感じるものに、「継続」がありまして。
まだ終わらない!も、続けなければならない!も、どちらの「継続」もとてもホラーに感じるんですよね。
その止められない連鎖というもののホラー感を、できるだけ高い質で作品にできたらなあ……と思います。
コメント、ありがとうございました!

17/01/03 あしたば

クナリさま

拝読させていただきました。
理不尽なホラー系の話が大好きなもので、ワクワクしながら読んでいました。
過去にこの部屋で何があったのでしょうか。悪魔を呼び寄せる黒魔術の儀とか、あるいは神に背いた大罪人が自害したとか?いろいろ想像してしまいます。

17/01/08 クナリ

あしたばさん>
ありがとうございます。
クナリにとってホラーの醍醐味は「謎」でして、「なんでこんな目に遭うの!?」「うえしてこんなことに!?」 みたいなのが怖いんですよね。
恐怖の核は謎解きして解決しなくていいので、怖いままでいてほしいんです。
ホラーを楽しんでいただけて、嬉しいです!

17/01/19 光石七

こ、怖かったです…
誰がこの女性を止めるのか、犠牲者はこの後もさらに増えそうですね…
部屋の謎が最後まで謎のままなのが、さらに恐怖をあおります。
素晴らしいホラーでした!

17/01/20 クナリ

光石七さん>
ホラーはバックグラウンドを語ることで恐怖がアップすることもありますが、個人的には「なんだかよくわかんないものにどいことされる」というホラーが好きだったりします。
密室ミステリものすごくいいですが、閉じ込められホラーもね!という感じで、楽しく書きました。
コメント、ありがとうございました!。

ログイン
アドセンス