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kouさん

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お通しは知っている

12/04/02 コンテスト(テーマ):第二回 時空モノガタリ文学賞【 居酒屋 】 コメント:1件 kou 閲覧数:2153

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懐かしの街を歩いていたら雨が降った。
僕にとって歓喜の雨だった。なぜなら転職が決まったからだ。
履歴書を書く作業、パソコンを駆使し少し誇張した自己PRの捻出から解放された僕は、気づけば傘もささず歩いていた。
それは過去を洗い、清め、光輝く現在から未来への重要なステップワークだ。

髪の毛から雨が滴り落ち、拭った。
ふと辺りを見回し、目の前を見た。
そこにには昔住んでいた家が存在した。
外観はあの日と変わっていなかったが、もう知らない誰かが住んでいる気配があった。
僕という人生が移り変わるように、もちろん街も家も景色も変わっていく。
そんな変化を楽しんでいる自分がいた。

その家から少し離れたところに一軒の居酒屋が存在した。
僕が住んでいた頃にはなかったものだ。新しくできたのだろう。
こじんまりとした店構えで、ひっそりと、誰にも気づかれないように存在していた。
看板には『happy』とゴシック体で書かれていた。

僕は興味をそそられ、暖簾をくぐった。
「いらっしゃいませ」という定型挨拶はなかった。
そこは静かだった。店内には数人のお客さんがいるが、静かだった。

僕はメニューを見た。どうやらおでん専門の居酒屋らしい。
なにか頼もうとしたら、典型的なねじり鉢巻をし、陰気くさい目をした大将(おそらく昔はガキ大将と思わせる)が、お通しを無言で僕に差し出した。

僕は見た。そして驚いた。
今の心情にぴったりとはまっていたからだ。
ミニのタコウィンナーが、足の部分を外側に向け、計六本で花びらを形成していた。
そう、花びらの形をしたタコウインナーが僕の転職を祝福していた。
僕は、大将に視線を向けた。知ってか知らずか口角がぐいっと上がっていた。
それはいやらしい笑みだった。してやったり、そんな風に僕には見えた。

それからは、おでんを一通り頼み、自家製のからしを堪能し、ビールを飲んだ。
そんなことをしても大将は一言も喋らなかった。
どうやらそういう居酒屋らしい。

月日は流れ、新しい環境にもだいぶ慣れ、それなりに結果もでるようになり忙しい毎日をおくった。
しかし、何かを得るには、何かを犠牲にしなきゃいけない。
忙しく充実した毎日を過ごしていたが、彼女と別れることになった。
お互いのすれ違いが、二人の溝を深めていった。
僕と彼女との間に、なにかしらの欠陥があり、不完全な要素が、二人を遠いものとした瞬間だった。

僕は、少なからず、やはり多少なりとも落ち込んだ。
とぼとぼと街を歩き、気づけば居酒屋『happy』に足を踏み入れていた。

またも暖簾をくぐり、「いらっしゃいませ」という定型挨拶もなく、それでいて相変わらずの静かな店内だった。
カウンターに一人座り、僕はメニューを眺める。

お決まりのねじり鉢巻をした大将が、お通しを僕に差し出した。
僕は自然と笑みがこぼれた。
そこには、二つに割れた大根があった。
別れと、割る、巧く絡めてきたな、と僕は感心と共に、哀しさも込み上げてきた。
その大根を箸で食べようとしたが、あることに気づいた。
大根は完全に割れてはいなかった。さきの方だけかろうじて繋がっていたのだ。

僕はそれに気づき、大将を見た。前回とは違い、ニヤッと歯をだして笑みをこぼした。この日の為に隠しておいたような綺麗な歯並びだった。
そして大将が口パクで、「諦めるな」と示した。
僕も口パクで「ありがとう」と返した。

その後は、いつもの無表情な大将に戻った。

僕は、彼女との行いを反省し、まずは友達から始め、足りないものを埋めていこうと思う。
新しい人を見つけるという手もある、でも好きだから、諦めない。
それになにより、自分の気持ちを、お通しは知っている。

復縁したら『happy』に行こう。
その時のお通しを楽しみに待つとして。








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このストーリーに関するコメント

12/04/12 かめかめ

「大将は超能力者」という、はらたいらに、5000点。

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