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待井小雨さん

待井久仁子というペンネームで「小説&まんが投稿屋」というサイトで、童話やホラーやよくわからない物語を投稿しています。 ご興味を持っていただけたら、よろしくお願い致します。

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永遠の蝶の樹

16/12/03 コンテスト(テーマ):第122回 時空モノガタリ文学賞 【 美術館 】 コメント:4件 待井小雨 閲覧数:629

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 蝶をモチーフとした美術館の図録を見ています。蝶を偏愛し、固執し続けるお祖母様が集めた物を収蔵した美術館がもうすぐ完成するのです。

「これだけのはずはありません」
 図録を閉じて、お祖母様に言いました。
「それが全てですよ。他に何があるというの」
 お祖母様にそう返されました。
 蝶を描いた絵画や図案化した蝶の装飾品や着物など、幼い頃から身の回りは蝶の美術品に囲まれていました。
 けれどひとつだけ、どれだけ探しても見つけられないものがありました。お祖母様にとって至高の芸術であるはずのそれは、一匹の蝶。
「……母はどこにいるのですか」
 お祖母様の手で、この十四までの歳を育ててもらいました。父は亡く、母には会った事もありません。
「居場所など知らなくともいいというのに」
 母を捕らえた張本人であるというのに、表情ひとつ変えずに答えます。
 蝶の魅力に取りつかれて生きてきたお祖母様の屋敷の庭に、ある日迷いこんできた美しい蝶が母でした。好きに舞わせていた数日の内、一人息子である父とその蝶が恋仲となっていたのです。
 ――気づけば蝶は卵を孕んでいるようなので産ませる事にしたのだけれど、その姿があまりに美しくて――。
 それで母は捕らえれてしまったのです。その話を知ってから、どれだけ母を探したことでしょう。けれどもどこにも見つける事はできませんでした。
 母の美しさは至高のものだと教えられて育ちました。であるのなら、美術館の一番の目玉(何て不謹慎な表現なのでしょう)として飾られるのかと思いましたが、その期待は裏切られました。
「教えてください。どこなのですか」
 お祖母様が視線を寄越します。
「……蝶と人との合いの子なんてどうなるかと思ったけれども、お前は思っていたよりも美しく育ったものね。たった一人の孫娘として不足なく、愛しい存在になってくれて」
 ふと黙り、お祖母様は鍵を取り出しました。
「図録になど載せるはずもないでしょう。お前の母は人目に晒すようなものではないの。私だけの芸術なのだから」
 美術館の中心、誰も入れない中庭に一本の樹があるのだと教えられました。空から差す光を硝子越しに浴びるその樹にいるのだと。
「中庭ですね」
 鍵を受け取ろうとすると、問われました。
「卵から生まれ蛹にまでなったお前を母親に代わって育てたのに、それでも母が恋しいの。周囲にも気づかれないよう人として育てたというのに、それでも母に会いたいの」
 厳しく冷たくもありますが、お祖母様が愛情を注いでくれた事は充分に感じていました。
「ええ――。それでも会いたいのです」
 鍵を受け取り、中庭への扉を目指します。人気のない館内をひたすらに駆けました。天井近くのステンドグラスの蝶が、極彩色の影を落として行く先を導くようです。
 駆けながらまとめていた髪をほどくと、触角があらわれます。服の中、背中についた薄衣のようなものは紛れもなく蝶の羽です。
 幼い頃から、端正に整えられた美術品の蝶たちに囲まれて育ってきました。
 それらが無言のままに、けれど口々に言うのです。
 ランプの装飾の蝶が、その羽は自分たちと同じものだと。着物に刺繍された蝶が、触角があるではないかと。
 美術品の蝶たちが取り囲んでは静かに囁き、真実の姿を暴いてくるのです。
 ずっと、自分が人なのか蝶なのか分からず、また決めかねて心は不安定に揺れていました。
 母に会えたなら、人とも蝶とも付かぬ己の姿を決められる気がしていたのかもしれません。

 光の差し込む中庭に、一本の樹があります。地面を踏んで近づいて、頭上の枝を見上げたそこに――。
「ああ――」
 ――鮮やかな青に複雑な色彩が織り込まれた蝶が、命の刻みを止められて存在していました。薄い玻璃のごとき羽は、光の加減で金色にも煌めきます。
 初めて見る母の姿に息を飲みました。
「お母様……!」
 その時ようやく、自覚したのです。蝶でありたいと。人ではなく、母と同じ存在でありたいのだと。
 そして幹に触れた瞬間、ふいに樹に沈み込むような感覚に襲われました。
「――人であれば、肉親として可愛がっていられたのに」
 冷徹なお祖母様の声でした。仄甘い芳香がして、意識が遠く眠くなり、返事ができません。
「けれど蝶である事を望むのならば、私はお前をこうしなくてはならないの。――蝶のお前はとても綺麗なのだもの」
 ……人としての孫娘である事を捨て、蝶の娘である事を選ぶのならば、お祖母様の宝箱に入れられる可能性はたしかにあったのです。
 意識をとろかす香りに微睡むと、頭からどろりとした液体がかけられました。母と同じ方法で、命を留められてここの一部になるのでしょう。

 誰の目にも触れられぬ二匹の蝶を隠し抱いて、ーーそうしてお祖母様の美術館は完成するのです。


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このストーリーに関するコメント

16/12/13 待井小雨

海月漂 様

コメント有り難うございます。
美術館というテーマということで、タンビナ雰囲気を目指してみました……けれど、まだまだ力不足であると思いしることとなりました(汗)
海月さんに語り口が美しいと評価していただけて救われる思いです!

16/12/13 待井小雨

誤変換で片仮名になってしまいました……。
「耽美な」です。失礼しました。

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