1. トップページ
  2. イノと小さな美術館

冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

投稿済みの作品

2

イノと小さな美術館

16/12/03 コンテスト(テーマ):第122回 時空モノガタリ文学賞 【 美術館 】 コメント:5件 冬垣ひなた 閲覧数:734

この作品を評価する

 
 やあ、君たち。
 画聖イノを知ってるかい?知らないとは言わせないよ。
 それじゃあ、彼が何故あの小さな美術館に籠るようになったのか。これも有名な話だ。


 赤毛で太っちょのイノが絵を始めたのは、7歳の時だった。
 折れたクレヨンで真剣に描き始めた天使の絵を見て、両親は目の色を変えたんだ。
 何故って、それはもう神々しく清らかな絵だったからね。
 イノは天才だ。これは金になる……と。仕方ない、両親は息子の学費を削って葡萄酒をあおる俗物だったんだ。
 何も知らぬイノが満面の笑みで、彼らの言うなりに絵を描き続けると、瞬く間に、数えきれない金貨が懐を潤した。
 それでも『白夜に眠る楽園』や『麗しき幻獣の午後』は名画だね。この天賦の画才が花開くと、展覧会で高い評価を得るようになり、国外までイノの名は知れ渡った。
 すると両親は丘の上に、彼の美術館を建てたんだ。
 子を想う愛?とんでもない!
 両親は、イノが親を離れ、お金が入らなくなるのが嫌だったんだ。
 こうしてイノ美術館は完成した。
 併設の工房で寝泊りする毎日、外出すら許されなかったけれど、イノはご褒美に、重ねたパンケーキにホイップクリームとフルーツが乗るのを無邪気に大喜びしていたのさ。


 そして歳月が流れた。


 イノは中年の男になったが、赤毛の太っちょは変わらない。鼻の頭に丸眼鏡を乗せ、気取ったポーズで館内を歩いて、来客をもてなすのが楽しみだった。
 彼はいまだに年老いた両親の愛を信じて、外に出歩くことはおろか、青春や恋愛も知らないまま、夢見心地で生きてきた。
 けれど、イノはそれで十分だったのさ。
 僕は、絵の神様に愛されたんだ。そう思えるだけで。

 君も知っているだろう?イノの絵筆がキャンバスを滑ると、天は星を降らせ、地は生命あるように息づき移ろい、時には乙女の歌や、鳥の囀り、花の香りすら漏れてくるんだ。
 この美術館では、あたかも違う世界の窓を覗くような、そんな夢のひとときを味わえる。誰もが、イノの空想の産物を「本物以上だ」と褒めたたえ、 頬を薔薇色に染めて帰っていく。
 イノは有頂天だったさ。ほら今もあそこで、女の子が僕の作品を見上げている。
 すぐに大粒の涙をこぼして感動の声を……。

「うわぁぁぁん!こんなの海じゃないよ!」

 女の子は泣きながら、母親に怒りの声をぶつけた。
 そりゃあ、イノはうろたえたさ。自分の絵に文句を言われた事は、生まれて初めてだったからね。
 件の絵は『戒めの大海』という。暗雲に猛る波と渦潮、木の葉のように翻弄される船が大きく動き、混然とした黒と青に同化して、時折金銀の稲妻が走る、イノ渾身の大作だ。
 イノは眉を曇らせ身を低くして、女の子に謝った。
「すまない、お嬢さんには怖かったかな?」
 女の子は「こんなの違う」ともう一回言った。
「おじさんは、海を見たことがあるの?」
 イノはどきりとした。
 何故って、彼は実際の海を見たことがなかったからね。文献と写真をもとに描いたんだ。
 聞いてみると、この母子は南の島から来て、海を良く知っているようだった。
「海はね、もっと緑色できれいだよ、魚がいっぱい泳いでおひさまでキラキラしてるの!それでね、タコもクジラもいてね、サーフィンもできるんだよ!」


 親子が帰った後、イノは考えた。
 何をやっていたんだろう?
 僕の描いた絵が本物以上でも、この目で見ていないじゃないか。僕をここに閉じ込めることで、あるわけじゃない、居るわけじゃない、この美術館の世界はあるんだ。父さんと母さんもそう言ったけど……。
 イノはすぐさま工房に戻り、カバンに荷物をギュッと詰め込んだ。
 行かなきゃ、どこまでも遠くに。
 小さな僕の宝箱の中の、想像だけで終わっちゃいけない。僕は、今あるこの世界の果ても見ていないのに!
 こうして両親の制止を振り切って、ついにイノは美術館を飛び出したんだ。
 だから美術館は今日も休みだ。え?知ってる?そう。


 それよりイノはどうしているかって?
 今頃、南の島で魚にかぶりつき、サーフボードで波乗りしているよ。これから世界中を旅して回る。

 でも彼は絵の神様に愛されているし、この先美術館はもっと大きくなり、素敵な絵で埋め尽くされるだろうね。
 なに、絵筆を捨てたりはしない。
 これからは両親に丸め込まれる程、イノの情熱がちっぽけじゃないってこと。
 そして彼はあの美術館を誇るといい。曇りない鏡面のような心の持ち主には、幻想はどこまでも真実なんだ。
 世界はうんと広くて、つまびらかに見る事が叶わない。
 だからこそ人は心の目で見るんだ。     
 美しいと信じるんだ。
 知ってた?    
 


 ……雲の上、白い翼を羽ばたかせた天使は、頷いた仲間に微笑んだ。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

16/12/04 冬垣ひなた

≪補足説明≫
・右の画像は「写真AC」からお借りしました。
・左の画像は、自分で撮影した沖縄の海をそれらしく画像加工しました(絵ではないです)

16/12/10 クナリ

生き生きした顔で飛びだしていくイノの冒険譚が、アニメーションのように目に浮かびます。
彼の感性が人間らしいまま残っているということが、作品に鮮烈さを与えていると思います。

16/12/11 タック

本質を見抜く女の子の純真さ、本質を見抜かれ、それでも怒らず素直に大海へと飛び出していくイノの純真さが心地よく、非常に爽快な作品でした。素晴らしい作品をありがとうございました。

16/12/15 冬垣ひなた

クナリさん、コメントありがとうございます。

今回は動きを意識して、初めて第三者の語りを取り入れました。人間らしさをどの部分に求めるかは人それぞれで、結末には悩んだので印象深いものとなっていたなら良かったです。


タックさん、コメントありがとうございます。

イノの名前の由来は、英語のイノセンス(天真爛漫、無邪気)ですが、イノの物語がタックさんのお心に届いたのは嬉しいです。これからも爽やかに感じられるようなお話をかければいいなと思います。


海月漂さん、コメントありがとうございます。

話を書くたびに新しいアイデアは1、2個試すのですが、今回は静的なイメージのテーマに感情と躍動感を持たせることに気をつけました。女の子の言葉が、イノが外の世界を知るきっかけになってよかったです。きっと、彼はこれからもたくさんの絵を描き続けると思います。

ログイン

ピックアップ作品