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秋 ひのこさん

歯について考える時、右と左がよくわからなくなります。右奥だっけ、左奥だっけ。虫歯が絶対にあると思われるあの場所を伝えるべく「ええと、右です。そして上な気がします」と言ったら先生が「うん、上は上でも左ですよね」とか言う瞬間が恥ずかしいので、虫歯は放置しているような人間です。こんにちは。 

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512の夜

16/12/03 コンテスト(テーマ):第123回 時空モノガタリ文学賞 【 クリスマス 】 コメント:5件 秋 ひのこ 閲覧数:868

時空モノガタリからの選評

サンタクロースの一般的イメージとは懸け離れた、ドライな世界観が目を引きました。512たち「個別の意思をもたぬよう訓練されたサンタクロース」を生み出したのは神か、それとも人間なのでしょうか。本来の子供を幸せにするという目的と、「全家庭に配る」という手段が逆転した殺伐とした世界が何とも皮肉です。これは現実の世界でもしばしば起き得ることでもあるような気がします。
傍観者としての512の目が捉えた現実には、言葉を失います。荒れ果てた家中だけではなく、ルキアのサンタに対する子供らしからぬ諦めきったような荒い言葉遣いは、彼の環境や生い立ちを想像させるもので、印象的です。普通の男の子なら大喜びする玩具も、彼には全く無意味だったのでしょう。クリスマスというと浅薄な印象もありますが、プレゼントを喜べるというのは、やはり平和な証拠なのでしょうね。二つの飴がルキアを救うのに十分であるはずもありませんが、厳しい現実の中のかすかな希望となったのでしょうか。

時空モノガタリK

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 512は担当のN地区に到着すると、長年使いすっかり手に馴染んだ懐中時計をピタリと止めた。
 闇に舞う雪が、宙に浮いたまま堕ちることを止める。明かりが灯る街から音が、動きが、臭いまでもが消える。512と、彼をのせた橇(そり)をひくトナカイの息遣いだけが、白く漂っている。
「さ、行くか」
 512は最初の家へ手綱を切った。

 12月25日午前0時、識別コードのついたサンタクロースたちは世界中に散り、各々の担当地区で一斉にプレゼントを配る。彼らに与えられた特権は、「時を止めること」だ。これをしなければ、朝日が昇るまでに全家庭に配りきることなど到底できない。
 
 居間で夫婦が酒を片手にくつろいでいた。夫がナッツを口に放り込む体制で固まり、妻はスマホを手にとろうとしている。その前をずかずかと通り過ぎ、子供部屋へ急ぐ。男児がうつぶせになって眠っていた。脇の勉強机に「さんたさんえ」と書かれたメモと、飴がふたつ。512はそれらをポケットにしまい、代わりに大きな包みを置く。
 機械的な作業で、特に何の感情も沸かない。子供からの手紙や贈り物は、なるべく持ち帰るよう指示されているからそうするまでだ。

 家から家を渡り歩いて任務をこなし、512は最後の一軒に足を踏み入れた。狭い上に、ひどく散らかった家だった。初めに気がついたのは臭いだ。生ゴミと糞尿、埃が混じったような、目に染みるほど強烈な臭い。
 512は眉をひそめ、思わず懐中時計を取り出した。時は、きちんと止まっている。時を止めるというのは、世界と作業員の間に膜を張るようなものだ。膜は、温度も臭いも遮断する。
 部屋は暗く、親は留守のようだった。ゴミで埋まり足の踏み場がない居間を抜け、隣の部屋を覗く。ふすまは開いていた。
「あ、サンタ」
 暗闇でゲーム機をいじる双眸が、ぎょろりとこちらを見上げた。「ホンモノ?」
 512はぎょっとして足を止める。
 資料によると、この子は島田昴星亜(ルキア)、6歳。
 ルキアはゴミに埋もれた布団の上で横になり、ゲームをしていた。512に驚いているようだが、起き上がりはしない。
「なにくれんの?」
 かすれた声で単刀直入に質問され、512はさらに戸惑う。

 時を止めても、それが効かないたったひとつの例外がある。話には聞いていたが、実際に目するのは初めてだった。
 25日の日の出前に息を引き取る子供。
 彼らに、サンタの懐中時計は効かない。
 はっきりした理由はわからないが、サンタクロースを目撃しても、誰にも話すことなくこの世を去る――その運命が、懐中時計の効力を喪失させているのだろう、というのが通説だった。

 512は目の前の幼い少年をまじまじと見た。
 酷く痩せている。暗闇でゲーム機が放つ明かりのみに照らされたその顔は、子供のわりに陰影が濃く、不気味だった。
「なんでもいいけどさ、くいもの、くれよ」
 6歳の子供が表情の乏しい目で512を見つめて言った。
 会話は、どんなことがあっても禁じられている。
「くいもの、くれ」
 512は無理やり子供から視線をはがし、包みを取り出して布団の側に置こうと腰をかがめた。途端に、ルキアがぱっと跳ね起きた。そして、512がそれを床に置くより先に、力任せに奪い取る。獣のような目を見開き、包装紙を暴力的にむしり取った。そして、あからさまに溜息をもらし、すとんと布団に座り込む。まだ包装紙に半分包まれたままのレゴの箱が、だらりと垂れた手から落ちた。
「こんなんいるか。しね、ばーか」
 そもそも話す気などなかったが、512は言葉を失った。
「しね、ばーか、ごみ」
 もう1度力なく言い、ルキアはごろんと横になる。その目が、濡れていた。
 512はルキアを見下ろしたまま後退し、居間に出た。薄闇の中、さっと部屋を見渡す。母親は、いつ帰ってくるのだろう。いつから、帰っていないのだろう。
「しね」
 布団から、声がした。
 512は乾いた唇を舐め、黙って戸口に向かう。
 仕事はこの家で最後。再び時が動けば、日の出がやってくる。あの子の運命はどうでもいいし、それに対し感情が揺れることもない。それなのに、512は自身の胸に見知らぬ重石を感じ取り、混乱し、苛立った。
 表に出かけたところで、ふとポケットに手をやる。
 任務外の行動は規定違反だ。処罰の対象になる。そして、個別の意思をもたぬよう訓練されたサンタクロースは、任務以外のことをする能力がそもそもはじめからない。
 ――と、されている。



 ルキアは人の気配を感じ、想い瞼をうっすらと開けた。
 あ、サンタ。もどってきた。
 大きな人影が、ぬっと近づき、何かを布団の上に置いた。目だけ動かし、そのふたつの小さな固まりを見る。
 飴だった。
 とっくに干からびた口内に、唾液が沸いた。


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このストーリーに関するコメント

16/12/03 秋 ひのこ

この話の作者です。

第95回【自由投稿】に、この話の続き「1の夜明け」を投稿しました。
ちょっと長いですが、もしよろしければ。

16/12/05 文月めぐ

「1の夜明け」と合わせて読ませていただきました。サンタクロースの物語は数多くありますが、サンタクロースが「ただ家を回ってプレゼントを置く者」として描かれているものは珍しいと思いました。

16/12/06 秋 ひのこ

文月めぐ様

こんにちは。コメントを頂戴し、ありがとうございます!
こちらの話で描こうとした「サンタ像」が伝わってほっとしました。
動物や虫のように、「本能だからこう動く」。
それが社会の仕組みの一部として成立している。
という「サンタクロース」です。

コメント、とても嬉しかったです。ありがとうございます。

17/01/08 光石七

『1の夜明け』と合わせて拝読しました。
サンタクロースの仕事が事務的・機械的という設定がすごいと思いました。
しかし、その中で描かれる児童虐待の問題は非常にリアルで、胸に迫ります。
このお話のラストで見えた希望の光が続編で確かなものになり……
素晴らしいお話、感動しました!

17/01/16 秋 ひのこ

光石七様

感想をいただきありがとうございます。
お返事が10日近く遅れてしまい、大変失礼しました!

わたしは読む側としてはハッピーエンドが大好きで、この話もあまりに救いがないため、ついつい続きを書いてしまいました。
自由投稿の長い方まで読んでいただき、ありがとうございました。
また、コメントもとてもうれしかったです。

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