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野々小花さん

野々小花(ののしょうか)です。文化教室に通って、書く勉強をしています。

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画家と踊り子

16/12/01 コンテスト(テーマ):第122回 時空モノガタリ文学賞 【 美術館 】 コメント:2件 野々小花 閲覧数:588

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 町の中心に大きな美術館ができた。レンガ造りの真新しいその美術館には、世界各国の著名な画家たちの絵が飾られている。
 町のはずれに住む画家のドラントは、その絵の数々を一度も見ていない。今日食べるパンにも困る生活なのだ。入館料を払う余裕はない。
 代わりに、美術館の絵を描いている。噴水がある広場のベンチに腰掛け、そこから見える美術館の、外壁のレンガに這う蔦の葉を一枚ずつ丁寧にスケッチしている。気づくと日が暮れていることが多いのだが、今日は違った。
 小さな歓声があがって、ドラントは彼女に気がついた。ひとりの娘が、広場のステージで踊っている。しなやかな肢体がふわりと舞った。足の先から指のさきまで計算された動き。身体を覆う薄い布地が、ひらひらと泳ぐように揺れている。
 目が離せなかった。描くことを忘れて、長い間、その踊り子に見入っていた。

 翌日、ドラントは血を吐いた。一瞬、自分の中から赤い絵の具が出たのだと思った。
 そうだったらよかった。赤だけじゃなく、黄色も緑も青も黒も。そうすれば、絵の具を買うぶんのお金でパンを買える。ミルクやチーズを買える。美術館のチケットだって買えるかもしれない。一度でいいから絵が見たい。称賛される絵とは、どんなものなのだろう。なにが描かれているのか。
 同じ画家なのに、自分は外側から美術館をスケッチすることしかできないのだ。せめて、自分が納得できる絵を最後に描きたい。そう思ったとき、頭の中で揺らめくものがあった。ひらひらと舞う衣装。しなかやで、美しい肢体。
 あの踊り子を描きたい。

 広場のベンチに座り、あれから毎日、踊る彼女を描いている。
 指先の表情。ひとつひとつの動き。軽々と舞うために鍛え上げられた美しい肉体。夢中になると、時間はあっという間に過ぎる。踊りが終わっても、ドラントは余韻が残る広場でスケッチを続けた。
「なにを描いてるの」
 ドラントの手元をのぞきこんでいるのは、さっきまでステージで踊っていた彼女だった。しなやかな身体がすぐ近くにある。スケッチブックが、手からすべり落ちた。
「あら、まあまあ上手じゃない。モデルがいいのかしらね」
 スケッチブックを拾いあげ、彼女はいたずらっぽい瞳でドラントを見る。なんだか胸が苦しい。また血を吐くのかと思ったが、出てきたのは妙に尖った自分の声だった。
「腕がいいんだ。それに、別にこれは、ただの暇つぶしだ」
 ドラントの言葉に、彼女は軽く肩をすくめた。
「毎日見かけるけどね。明日も描くの?」
「モデルが躍るなら」
 いたずらっぽい瞳が大きくなった。
「わかった。いいわ! 明日も踊ってあげる」
 彼女は白い歯を見せて笑った。そして、エストレーラと名乗った。
 絵が完成するまで、ドラントは彼女といろんな話をした。巡業でこの町に来ているのだということ。これまでにまわった地方の人や食べ物や景色のこと。
 練習ではなく、公演を見ることができない人たちのために、ここでこっそり踊っているのだと聞いて、また胸が苦しくなった。自分のことは、ドラントはあまり語らなかった。語れるようなことがない。それよりも、彼女の話を聞いていたかった。

「明日の公演で最後なの。また、違う地方へ行くわ」
 いたずらっぽい瞳は影をひそめていた。ドラントは最後まで、なにひとつ気の利いたことは言えなかった。絵も、まだ完成していない。
「またいつかこの町に来るから。絵は、そのときに見せて」
 そう言い残して、彼女は町を去った。ドラントが絵を描き終えたのは、それからしばらく経ってからだった。
 絵はわずかな金額で売れた。その金でパンを買おうとしたが、やめた。もう必要ないのだ。ミルクもチーズも。そして、絵の具さえも。
 すぐに絵は画廊から町の小さなレストランへと渡った。彼女は、レストランの壁にかかった絵を見つけてくれるだろうか。少しでも人目の触れるところ、目立つ場所に飾ってほしかったが、贅沢は言えない。絵を見て、彼女はなんて言うだろう。
『モデルがいいのかしらね』
 いたずらっぽい瞳。彼女の動きに合わせて、ひらひらと泳ぐように揺れていた衣装。しなやかな肢体。ひとつひとつが、そのすべてが、美しかった。それを、自分は絵に描いた。描くことができた。
 納得のできる絵を、自分は最後に描くことができたのだ。


 美術館の創立百周年を祝う式典は、盛大に行われた。
 集まった人々の視線は、この式典の目玉である一枚の絵に注がれている。
 いちばん目立つ場所に展示された、一枚の絵。
 解説には「夭逝した画家が残した最後の作品」とある。彼は、没後に評価された。そのきっかけとなったのが、この絵なのだ。
 タイトルは「踊り子《エストレーラ》」という。



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このストーリーに関するコメント

16/12/17 野々小花

海月漂さま
読んでいただきありがとうございます。
自分の中で美術館は、日本よりも海外のイメージが強かったようです。結果、初めて外国を舞台にすることができました。
後世に名が残るような画家も、亡くなってから評価されることが多いですが、自分が納得できるものが描けたら、もうそれで報われている部分もあるのではないか。そんなイメージで書きました。
たいへん嬉しいコメント、ありがとうございました。

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