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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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あなたの出番

16/11/25 コンテスト(テーマ):第123回 時空モノガタリ文学賞 【 クリスマス 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:564

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「あなた、ぼちぼち出番の時がやってきましたわよ」
妻が、ぬいものの手をとめて、老眼鏡ごしにベッドに横たわる夫に声をかけた。
このところ、横になっている時間の多い夫だった。真っ白な頭に顎鬚は昔とかわらないが、精細を欠いた顔は重たげに弛み、運動不足が祟ってメタボの体は、毎年の健康診断ではみなひっかかるほどだった。
「今年はもう、やめようと思っている」
彼は毎年、同じことをいった。しかし今年のそれは、どうや肚の底からでたものとおもわれた。
「でも、あなたのやってくるのを、まちのぞんでいる子供たちが、たくさんいるのですよ」
これまでなら、この言葉で夫の気持ちを翻らせることができた。だが、今年の夫は、それをきいても、表情に気力がみなぎることはなかった。
「わしももう、若くはない。世界じゅうを旅してまわるには、耄碌しすぎた」
「じゃ、今年は、子供たちはプレゼントなしですか」
「かわいそうだが、しかたがない」
彼の頭のなかに、年に一度のプレゼントをもらって、心から歓ぶ子供たちの姿が、つぎつぎとおもいうかんだ。セレブの子らは、親からもっと高額のプレゼントをもらっているから、さほどうれしがったりしないが、たとえば内乱がつづく国とか、その日の食べるものもない貧しい国の子供たちは、それは喜色満面でわしの手からプレゼントをうけとったものだった。ああいう子供たちを、さびしい思いにさせるのは、彼にしてもたえがたかった。しかし、体が………。
「いうことをきいてくれなきゃ、どうしょうもない」
肩を落とす夫を前に、妻ももうそれ以上うるさくいう気になれなかった。夫も本心は、健康でさえあればなんとしても出かけたい気持ちでいっぱいなのだ。
「あなた、あたしがかわりにいきましょうか」
「あんたが………」
「赤いコスチュームに、帽子をかぶって、お髭をつければ、中身が女でも、誰にもみわけはつかないでしょう」
「気持ちはありがたいが、この仕事は見た目以上にきつい。第一、あんたにトナカイが操れるかな」
いわれて妻も、力なくうなずいた。手綱捌きも鮮やかな、元気なときの主人の勇姿が脳裏をかすめた。
「やっぱり、本家本元のあなたでないと、むりですわね」
「『アバター』みたいなことができたらいいんだが」
「そんな映画みたいなことおっしゃって。ホホホ」
やっぱり今年はやめとこうと、彼は妻にもう一度いいきかせた。こんな意のままにならない体じゃ、袋からプレゼントをとりだすのも骨が折れる。不在の謝罪は年があらたまってからやればいいし、イレギュラーだが年をこして暖かくなった春に、あらためてプレゼントを届けてやることだってできないことではない。
「それじゃ今年は、我が家でのんびり、二人だけですごすことにしましょうか」
それこそかつてなかったことなので妻も、夫との水入らずのひとときをおもいえがいて、いまから心がはずんだ。
―――そしてイブがきた。
妻は、テレビをみていた夫が、きゅうにいきりたつのをみて目をみはった。普段から高血圧気味で、怒ることがなによりいけないのは本人が一番しっているはずだった。
「どうしたのですか、あなた」
「これをみろ」
妻はそのときはじめて、夫がみていたテレビの画面に目をむけた。そこには、各国のクリスマス風景が映し出されていた。そしてそのどの国においても、赤い服に帽子姿の人間たちの姿があった。
「よくも、このわしをさしおいて―――」
彼からみれば、多くの子供たちがまがいものにまどわされる光景は、みるにしのびなかった。彼らが本当に子どもたちの幸せをねがってプレゼントをわたしているとは到底おもえなかった。げんにかれらは、大金持ちや、特権階級の子供ばかりを選んで手わたしているではないか。彼の目にはどうしてもそういうふうにしかみえなかった。
「あなたがおでましにならないから、こういうことになるのですわ」
うろたえ気味にはなった妻の言葉が、夫をふるいたたせることになった。
「これからでかける」
「あなた、動くこともできないのに、なにをいうのです」
「こういうこともあろうかと、まえから頼んでおいたんだ」
電話一本で、まもなく一人の男が車いすをおしてやってきた。
「介護ヘルパーのヤマモトです」
「すぐにわしを、トナカイの橇まで」
「承知しました」
ヘルパーヤマモトは、裏打ちされた介護技術で、てきぱきと彼を車いすにのせて、トナカイのまつ厩舎にむかった。
それから後の出来事は、妻はテレビをとおしてしかしることはできなかった。
しかしこの夜、あまた存在するサンタクロースのなかから、一目で夫だとみわけることができたのは、いうまでもなく橇に同乗して彼のかわりに子供たちにプレゼントを渡しているヘルパーがそばに控えていたからにほかならない。


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