1. トップページ
  2. 聖餐たる冬の夢

蒼樹里緒さん

https://twitter.com/ao_rio まったり創作活動中です。 コメント・評価等、本当にありがとうございます。個別返信は差し控えますが、とても励みになります。

性別 女性
将来の夢
座右の銘 備えあれば患いなし

投稿済みの作品

0

聖餐たる冬の夢

16/11/21 コンテスト(テーマ):第123回 時空モノガタリ文学賞 【 クリスマス 】 コメント:0件 蒼樹里緒 閲覧数:535

この作品を評価する

 厳かなピアノの伴奏や、聖歌隊の歌声が、教会の高い天井に吸い上げられるようにして響きました。自分の声もその中にまじっているのが、なんだかいつも不思議です。歌うたびに、私は本当にここにいてもいいのだろうかと、少しだけ迷ってしまうのでした。
 司祭様の指揮の御手がきゅっとまるくなって、私も口を噤みます。礼拝堂に集まった人たちの拍手の波が、またべつの音楽となって奏でられるようでした。最後まで聴いてくださった方々に、私たち聖歌隊は深くおじぎをします。今年のクリスマス会も、きっと和やかで幸せなひとときになることでしょう。
 全員で外へ一旦出ると、合唱指導の先生が労いのお言葉をくださいました。少年少女、一人一人の顔を見渡されながら。
「皆、お疲れさま。練習の成果がよく出ていて、『天使の歌声』の名に恥じない、とても綺麗な賛美歌でした。このあとは、クリスマス会をのんびり楽しみましょう。僕も準備ができたら参加します」
「ありがとうございました!」
 お優しい先生にも、私たちは頭を下げます。
 では解散、という司祭様のお声と同時に、仲良しの子たちでそれぞれ輪になり始めました。お菓子やプレゼントの交換をしたり、大きなクリスマスツリーに飾りを付け足したり、思い思いに遊ぶのでしょう。
「先生も、一緒にお菓子を食べてくださるかしら」
「あとでお誘いしてみようよ」
「うんうん。先生、今日もかっこいいよねぇ」
 けれど、女の子たちのそんな会話が聞こえてくるたびに、私は気が気ではなくなってしまうのでした。
 ――行かなきゃ。
 忘れ物を取ってくる、なんて隣の親友に嘘までついて、早足で先生を追います。先程までピアノを弾いてくださっていた彼は、楽譜を片付けに音楽室へ向かわれるのでしょう。ほどなくして、その後ろ姿が見えてきました。
「先生っ」
「――おや、どうしたんだい」
 立ち止まった先生は、私にやわらかく笑いかけてくださいます。私がこの教会のお世話になる前から、ずっと見せてくださっている笑顔を。それを見るたびに、胸がきゅうっと締めつけられるのでした。
 頬に集まり始める熱をごまかそうと、私は少しうつむきます。
「あの……今日の私の歌、いかがでしたか」
「とても伸びやかでよかったよ。一昨日まで風邪で喉の調子が悪かったとは思えないくらい」
「本当ですか」
 ほっと小さく白い息をつきました。先生にも聖歌隊のみんなにも迷惑をかけてしまった後ろめたさが、わずかに残っていたのです。
 不意に、先生のてのひらが私の顔に近づいてきて。どきっ、と胸の真ん中が大げさに跳ねました。思わず目をつぶると、あたたかいその御手が、そっと額を覆うのがわかります。
「うん、熱もないみたいだね」
「は、はい」
「君が小さかった頃は、僕が看病していたっけ。懐かしいね」
 しみじみと仰る先生の指は、静かに離れていきました。一緒に旅をしていたあの頃は、私の手を握って導いてくださっていた、長い指。ピアニストにはよくあるのだという、筋や関節の独特の盛り上がり方も含めて、感触もまた好きなのでした。
「君がここで楽しく暮らせているみたいで、本当に安心したよ」
「先生が、あの歌を教えてくださったおかげだと思います」
 教会に連れてこられた日、私がさびしくないようにと、彼はある歌を歌ってみせてくださいました。自分だけの特別なそれを、私も今まで一度も歌ったことはありません。落ち込んだときに、ひとりきりでたまにこっそり口ずさむくらいです。
 身寄りもなく孤独に生きていた私に手を差し伸べて、先生は旅のあいだに色々なものや景色を見せてくださいました。感謝の想いも大きすぎて、自分の短い一生を捧げても、そのご恩をお返しし切れないかもしれません。
 離れて暮らすようになった今も、まったくさびしくないと言ってしまえば嘘になります。けれど、先生にもご事情があるのでしょうし、自分一人のわがままで引き止めるわけにもいきませんから。せめて、一秒でも長く自分の元気な姿をお見せしたいのです。
「皆の部屋には、サンタクロースの靴下を飾っているそうだね」
「はい」
「君は、どんなプレゼントをご所望なんだい」
「……秘密です」
 果たして、うまく笑えたでしょうか。ほんの少し、胸が痛みました。
 言えるはずがありません。本当になによりも欲しいものは、あなたの御心です――だなんて。
 そうか、と先生はくすりと楽しげに笑われて、じゃあまたあとでね、と軽く手を振って歩き去られました。そのすっと伸びた背筋や、真冬の冷たい風になびく髪を、私はいつまでもお見送りします。自分の未練がましさに、嫌気も抱きながら。

 主よ、どうか今日だけは私に見させてください。彼と一緒にあたたかく過ごせる、幸せな冬の夢を。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン
アドセンス