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野々小花さん

野々小花(ののしょうか)です。文化教室に通って、書く勉強をしています。

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悔いる言葉

16/11/21 コンテスト(テーマ):第121回 時空モノガタリ文学賞 【 捨てゼリフ 】 コメント:2件 野々小花 閲覧数:530

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 着古した部屋着のまま、和樹は一人暮らしをしているアパートの部屋を出た。
 人目を避けるように、うつむき加減でコンビニへ向かう。他人の視線が気にりはじめたのは、仕事を辞めてからだ。
 大学卒業後、そこそこの企業に就職できた。配属された部署は忙しく、無理をしている自分に気づかなかった。
 ある日突然、ぷつりと糸は切れた。限界を超えてしまったのだ。
 無職になった自分は、周囲からどう見られているのだろう。せめて身なりを整えて外出しようと思うのだが、その気力さえ、今の和樹には湧いてこない。

 億劫で、何の変化もない毎日が過ぎていく。変わったことといえば、最近、隣の部屋に若い母親とその娘が越してきた。母親は仕事が忙しいのか、姿を見ることはない。
 娘のほうは小学校に通っているようで、おそらく低学年くらいだろう。静かな暮らしぶりで、たまに小さな生活音が聞こえてくる。
 コンビニの袋を下げて戻ると、隣に住む少女がちょうど部屋の鍵を開けるところだった。
 一瞬、少女の体が、ビクリとこわばるのがわかった。不審者を見るような、嫌な目つきだ。
 少女は急いでドアの中に体を滑り込ませ、慌ただしく鍵を閉めた。
 平日の昼間から、だらしない格好で外をうろつく男。怪しい奴だと思われているのだろうか。和樹はため息をつきながら、自分の部屋に入った。
 それからは、なるべく注意して、夜に行動することにした。おかげで少女と出会うこともなかったが、ある日、昼間に飲み物がなくなり買いに出ると、運悪くアパートの前で鉢合わせしてしまった。
 和樹に気づいた途端、ジロジロとこちらを警戒するような目つきになった。やはり、嫌な目だ。
 一体、自分がなにをしたというのか。どうして、そんな目で見られなければならないのか。
「こっち見るなよ!なんなんだよ、その目!」
 頭の中がカッとなって、気づくと言葉を吐いていた。
 少女の瞳が怯えたものに変わる。
 なんだか急に恐ろしくなって、慌てて和樹はその場から逃げ出した。
 自分は悪くない。向こうが悪い。あんな目で見られたら、誰だって文句を言いたくなるはずだ。走りながら、和樹は必死に言い訳をした。

 翌日、和樹の部屋のインターホンが鳴った。どう見てもカタギには見えない男がふたり立っていた。隣に住む母娘について知りたいらしい。
 とにかく関わらないほうが賢明だと思った。話をしたことはない、何も知らないと言い張った。
 嘘ではない。母親を見かけたのは数えるほどだし、会話どころか、挨拶をした記憶もない。少女とは昨日のことがあるが、あれは和樹が一方的に言葉を投げただけだ。
 男たちは和樹の部屋をしばらく覗き込み、そして諦めたようにアパートを出ていった。
 ふたりの姿が見えなくなってから、和樹はそっと隣の部屋の様子をうかがった。普段ならこの時間、少女は学校から帰ってきて部屋にいるはずだ。
 玄関のドアが薄く開いている。室内に人の気配はない。いくつかの家具や生活道具が、残されているだけだった。

 部屋の様子から、おそらく、あの母娘はもうここへは戻ってこないのだろうとわかった。
 不自然なほど静かだった隣室。突然の引っ越し。そして、あの男たち。
 母娘には追われるような、逃げ隠れしなければならない何らかの事情があったに違いない。息をひそめて、常にまわりの目を気にして生活していたのだ。
 少女のあの目は、自分たちを守るための警戒心の表れだった。
『こっち見るなよ!なんなんだよ、その目!』
 少女の怯えた瞳が、頭から離れない。
 自分はひどく悪いことをした。
 誰もいなくなった妙にがらんとした部屋の中で、和樹は長い間、立ち尽くしていた。


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このストーリーに関するコメント

16/11/30 野々小花

海月漂さま

読んでくださってありがとうございます。
自分が書いたつもりのモノを、きちんと読み取ってくださって、感謝です。
読み返すと反省点ばかり目につくのですが、コメントを頂戴し、たいへん励みになりました。ありがとうございました!

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