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秋 ひのこさん

歯について考える時、右と左がよくわからなくなります。右奥だっけ、左奥だっけ。虫歯が絶対にあると思われるあの場所を伝えるべく「ええと、右です。そして上な気がします」と言ったら先生が「うん、上は上でも左ですよね」とか言う瞬間が恥ずかしいので、虫歯は放置しているような人間です。こんにちは。 

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マキとフゴー

16/11/19 コンテスト(テーマ):第122回 時空モノガタリ文学賞 【 美術館 】 コメント:0件 秋 ひのこ 閲覧数:622

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――理想の「家」は。
「理想っていうか、夢はぁ、自分の家にびじゅつかんを作ること。エヘ」
 「一風変わっている」「ネジが1本抜けている」「夢見る夢子ちゃん」と評されるマキが、バラエティ番組で口にした言葉である。
 知恵も教養も何もないが、百年にひとりの美女、と謳われるほど突出した美貌と体型を生まれ持ち、気がつけばスカウトされ、勝手にメディアから「おばか美女」ともてはやされて今に至る。
「じゃあ、金持ちと結婚せえ。大金持ちな。それで美術館を作ってもろたらええやん」
 芸人の司会者はマキの夢を揶揄して笑いをとった。マキはエヘヘと笑うだけだ。
 

 著名人が集うパーティーで、マキはとある大富豪と出会った。
 バツ3で孫までいるが、大富豪はマキの美貌に惚れ込み、手に入れたくなった。そして、人を使い、金を使い、なんと縁談をまとめてしまう。
「彼と結婚したら、家に美術館を作れるよ」
 誰かがささやいた。マキは「エヘヘ、じゃあ結婚する」と笑った。
 大富豪はマキの容姿を自慢し、どこにでも連れて行った。下手に頭の回転が速く口が達者な過去の女と比べると、マキの天然なボケっぷりは扱いやすいとさえ思った。

 マキの若い友人が大富豪のことを「フゴー」と呼ぶので、マキも夫のことを「フゴー」と呼ぶ。そして、たいしたことでなくとも、よく「エヘヘ、フゴー、ありがとお」と笑った。
 そのマキが事あるごとに目を丸くする。
「フゴー、すごいね。あんな大きなケーキ、見たことない。花壇も。家の中なのに花壇がある」
「マキの誕生日だからね。パーティーのために特別に用意したんだ」
「誕生日? わたしの? 何さい?」
「24」
 今宵のように盛大に人を集めた場では、他人のお喋りに拍車がかかる。
『金持ちじじいが絶世の美女の姿をした幼稚園児とよろしくやってるんだから、イカれた趣味だ』
『あの女も馬鹿なふりして腹黒いんだろうな。遺産を手にした途端に豹変するんじゃないか』
 洩れ聞こえる声の悪意をマキが理解しないことが、せめてもの救いだと大富豪は思った。
 

 周囲の予想に反し、先に病に倒れたのはマキだった。
 若年性の癌。ちょうど、マキの希望に合わせ、自宅に美術館を作るために美術品を買い始めた時期だった。
 大富豪は持てるすべての力を使い、どんなことをしてもマキを治そうと誓った。
 すぐさま国内随一の専門機関でVIP専用室と精鋭の医療チームを押さえる。一流ホテルのスイートルーム並みの個室に、マキは「わあ、広い」と喜んだ。
 
 だが、大富豪の意気込みもむなしく、マキははじめから退院できる見込みはないものとされた。
 そこで、大富豪は買いあさった国内外の美術品をすべて病室へ持ち込んだ。
 畳2枚分はあろうかという巨大な宗教画も、四季を描いた連作も、とにかく毎日せっせと病室へ絵を運び、壁を埋めていく。
 作者も年代もスタイルもバラバラで支離滅裂だったが、マキはそれを「どこを見ても飽きない」と喜び、もっともっとと言うので、大富豪はもっともっと増やした。壁はもはや隙間なく絵という絵で埋まっている。そこら中に立てかけ、床にも並べた。しまいには、とうとう起き上がれなくなったマキが目を開ければ鑑賞できるようにと、天井にまで貼り付けた。
 マキはうとうとと眠り、気だるそうに目を開けては、天井画を眺めて薄く微笑んだ。
 
 欲しかったものは、この歳でも美女を連れ回せる「驕(おご)り」と、周囲からの「羨(うらや)み」のはずだった。だが、今やマキの豊満な身体は痩せ細り、髪は抜け落ち、目は落ち窪んでいる。もう、人には見せられない。
「どうしてこんなに良くしてくれるの?」
 ある時、マキが尋ねた。
「君が僕の妻だからだよ」
「どうしてツマだったら、こんなに良くしてくれるの?」
「喜んでもらいたいからだよ」
 大富豪は、本当は「愛しているからだ」と言いたかった。だが、70を迎え、孫ほどの歳の娘を愛しているだなんて、たとえふたりきりでも口にできない。一代で頂点まで昇り詰める過程で築き上げた強靭な「殻」が、ここにきて心の奥底に生まれた真の想いをかたくなに閉じ込めるのだった。
 愛を語る代わりに、大富豪は絵を贈り続けた。
 

 年が明ける前に、マキは静かに息を引き取った。
「天井の天使に見守られて死ぬなんて、わたし幸せだなあ」
 エヘヘ、フゴー、ありがとお、と土気色の頬に力なく皺を寄せたマキを前に、大富豪は落涙した。マキがフゴーの涙を見たかどうかは、定かではない。


 現在、マキがいた癌専門病院の特別室は、通称「VIPルーム」から「マキ・フゴー美術館」へと名称を変えた。そして、扉を開けると――、
 息が詰まるほど隙間無く配された絵画の山に埋もれるように、若く美しい日本人女性の肖像画が飾られている。


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