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ウサバオウカさん

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ぼくらの捨てゼリフ

16/11/16 コンテスト(テーマ):第121回 時空モノガタリ文学賞 【 捨てゼリフ 】 コメント:3件 ウサバオウカ 閲覧数:1157

時空モノガタリからの選評

 読んでいて胸がふわっとするような感覚を感じます。人間同士の絆を、抽象的にではなく、まるで生き物のような血の通った体温が感じられるものとして描いているところに魅力を感じました。また「セリフ」の姿かたちがあえて描かれないからこそ、犬や猫とはまた違った不可思議な存在感がほんのりと伝わってきました。ラストシーンでは二人の結婚生活はほとんど説明がされませんが、「セリフ」の暖かい存在が、おそらくそれを体現しているのでしょう。ついつい自分の言った言葉を都合良く忘れがちなのが自分も含め普通の人間だと思いますが、鏡のような「セリフ」が一家に一匹いるといいと思います。この「セリフ」のように人々の絆が現実的に見える世界なら、その関係性はより穏やかなものになるのかもしれません。

時空モノガタリK

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帰り道にセリフが捨てられていた。その日は雨が降っていて、ぼくは大学から帰る途中だった。

ぼくは実家、しかもマンション暮らしなので、セリフなんてとても飼えない。ぼくは気の毒に思いながらも、家路を急ぐことにした。

しかし、彼はぼくが通り過ぎたところで、微かに鳴き声をあげた。思わず振り返ると、セリフはただただ静かにぼくを見ていた。美しい目だった。

ぼくは舌打ちをした。お前のセリフだろ、最後まで面倒を見ろよ、と飼い主を呪った。首輪を見てみると、二人の男女の名前が書いてあった。彼らがセリフを捨てたということは、もう彼らは赤の他人同士なのだろう。

ぼくはみすぼらしく濡れたそのセリフを拾い上げた。彼の体は冷え切っていたが、微かに温かかった。ぼくはもう一度舌打ちをして、家路を急いだ。家に着くと、二時間の説教と引き換えに、セリフを家に匿う許可を得た。

ドライヤーで乾かすと、セリフの毛並みはびっくりするほど美しかった。大事に飼われていたのだろう。しかし推察するに、二人の思い出がつまったこのセリフを、どちらかが引き取るのは辛すぎたのだ。ぼくはため息をついた。

次の日から、彼の新しい飼い主を探し始めたが、中々見つからなかった。

その日も収穫はなかった。

「ごめんな」

と、思わずぼくはセリフに話しかけた。

「無責任なこと、しちゃったな」

そのとき、スマホの着信音が鳴った。

「捨てゼリフの飼い主を探してるって聞きました。一度その子を見てみたいです」

栞というアカウントからメッセージが来ていた。ぼくは慌てて返信した。

「是非見てやってください。本当に困ってます」
 
何回かのやりとりの末、彼女がセリフを見に来ることになった。

「よかったな、お前ついてるぜ」

ぼくがそう言うと、セリフは不思議そうな眼差しでこちらを見た。ぼくは自分がかなり舞い上がってることに気づいて、なんだか恥ずかしくなった。

土曜日の昼過ぎに駅前の広場で待っていると、

「すみません」

と、何度か学校で見たことのある、穏やかな目をした女の子が話しかけてきた。

「栞さん?」

「はい、そうです」

ぼくは女性慣れしていないので、精一杯の笑顔を作りながら、彼女を家まで案内した。

自室のドアを開けると、セリフはのんびりとした足取りでこちらにやってきた。

「きれい」

栞さんが言った。彼女は腰を屈めて、セリフの美しい毛並みを撫でた。セリフはじっとしていた。ぼくはセリフを見つめる彼女の横顔に見惚れていたので、彼女がセリフの首輪を見たときに、少し悲しそうな顔をするのを見逃さなかった。
 
親と相談してみる、と栞さんは言った。

「わたしの家、一軒家だから。頑張って頼めば大丈夫だと思う」

「無理は言わないよ」

「ううん。わたし、この子を幸せにしてあげたいの」

彼女は静かにそう言った。

そんな風にして捨てゼリフは、彼女のものになった。しかし栞さんから「この子に会いに来て」としょっちゅうメッセージが送られてきて、ぼくは頻繁に彼女の家に通うようになった。それから半年経ったぐらいに、帰り際彼女からキスされた。ぼくらは交際を始め、大学を出ると、やがて結婚した。そしてセリフと住むことができるアパートを借りて、二人と一匹で暮らし始めた。

法律に従って、ぼくはセリフの首輪に自分の名前を書き入れることになった。栞さんの丸っこい字の下に、慎重に名前を書き入れる。そのとき、かつて彼の首輪に書かれていた二つの名前を思い出した。

「もし、おれたちが離婚したら、こいつはどうなるんだろう」

ふとぼくが呟いた。

「相変わらず悲観的ね」

彼女はふふ、と笑った。

「大丈夫。あなたもこの子も、最後までわたしが幸せにするから」

ぼくは少し泣きたくなったけれど、セリフの頭を撫でながら、

「おれもお前も、この人の所有物だってさ」

とおどけてみせた。栞さんは、もう、と笑いながらぼくの肩を小突いた。

何十年かが過ぎた。ぼくは病院で天井を見つめていた。

精一杯の力を振り絞って横を向くと、年老いた栞さんと、ぼくらの子どもたちと、そして、セリフの姿が見えた。視界が狭くなっていく。栞さん、もうダメみたいだ。そう言おうとしたけれど、声が出なかった。

もう行こうかな。そう思ったとき、急に湿った感触がぼくの腕にまとわりついた。ほとんど用をなさない視界でも、セリフがベッドに体を預けて、ぼくの腕を舐めていることがわかった。何やってんだよ、と言いかけて、自分の体にひとかけらだけ、話す力が残されていることを悟った。

ぼくは少し困ったけれど、ありったけの思いを込めて、発音した。

「あいしてる」

ありがとう、ぼくたちのセリフ。そこまでは言えなかった。ぼくは苦笑いしながら、深い眠りに落ちていった。


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このストーリーに関するコメント

16/11/18 クナリ

発想自体も面白かったのですが、アイデアの披露ではなくて「小説」を書かれていることが印象的でした。
姿かたちは不明なセリフと、主人公たちの連れだって歩く姿を想像してしまいます。

16/12/06 待井小雨

拝読致しました。
セリフを生き物のように表現されているところが興味深く、またセリフが愛らしく思えました。
アイデアがユニークでしたのでユーモラスな方向に進むのかなと思ったのですが、あたたかくとても美しいラストで感動しました。

16/12/15 光石七

拝読しました。
セリフは何者なのか、最後まではっきり描写されない分、想像を掻き立てられますね。愛らしい犬や猫のような生き物なのでしょうか。
このような設定であれば自分ならギャグかブラックユーモアに走ってしまいそうですが、温かい愛の物語として仕上げられたことに感嘆しました。
素敵なお話をありがとうございます!

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