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雲鈍さん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 タフでなければ生きて行けない。 優しくなければ生きている資格がない

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雨と迷い家、それと彼女

16/11/13 コンテスト(テーマ):第122回 時空モノガタリ文学賞 【 美術館 】 コメント:0件 雲鈍 閲覧数:432

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雨が降っていた。台風一過の油断をついてのこの雨。まだ夏は遠く、しとしとと降る雨は確実に私の身体を濡らし、体温を奪っていく。当初の目的はどこへやら。私は意気地をなくして、雨宿りできる場所を探して彷徨い歩いていた。ここは山道から外れた深い森の中。左手にもつ携帯に、かろうじて電波はあるが、バッテリーはあと数パーセントしかない。


見かけは、バロック式の洋館である。「展示を行ってます」という看板があり、少しだけ胸をなでおろす。申し訳ないが、少しだけ雨宿りをさせてもらおう。……、もし雨が止んだら? 私は自分の決意を実行するのだろうか。
……そのためにも、寝床が必要だ。


カウンターには、栗毛の長い女性が本を読んで腰かけているのが見える。
私が声をかけるより先に気が付くと、本から顔をあげてこっちを向いた。その端正な顔立ちに見とれてしまい――、それが失礼にあたると思い赤面する。「雨宿りをさせてほしいのです」ともごもごとつぶやいた。

「こんな場所によくいらしました」
「迷い込みました。人がいて、助かりました」
「ここは美術館、といっても、大したものではないんですけれど」
ぐるりと見渡して、彼女は苦笑する。
「父の趣味が高じて、こうして作品を展示する場所を作っただけのことです。
 才能はなかったけれど、お金はあったみたいだから。
 父の遺産です」
「それは失礼」
「いえ、昔のことですから。それよりお客様、空いてるお部屋で着替えてください。
 それから、代わりにといってはなんですけど、お願いがあるのです」
「なんです」
「この館の案内を、させて欲しいのです。
 一応私が管理人をしているのですが、客足が途絶えて久しいので」
「ええ、喜んで。こちらからお願いしたいくらいでした」
「芸術がお好きで? 」
「人並みです。
 アメンボのようにありたい、と思うだけです。
 美しいものの上に足をつっぱり、浮かんで生きていたいと」
「まあ」
 彼女は口に手を当て、目を細めた。
「おもしろい冗談を口にするのですね」
「冗談、まあ、冗談ではあるけれど――」
 いや、口にするのはやめておこう。
「とにかく、いったん荷物を置いてきます」

展示は主に2つに分かれている。「半生」と書かれた2階にある絵画と、「愛」と銘打たれた1階の像やモニュメントの展示。
どちらも丁寧に作られてはいたが、それ以上のものではない。愛好家であれば値段をつけただろうが……。

「なかなか、心のこもった作品ですね」
「ありがとうございます」
私のお世辞に、女性は笑う。
「私も、ほんの少しかじりましたから。
 作品の良しあしとは決して技術の巧拙ではないと思います」
「はい。そういっていただけると、父も喜びます」

 それは本心だった。

 けれど、世間はそうではなかった。

「私は、破れたのです。
 芸術とは、しかし、評価されねばならない。
 人が居ない場所に咲く花が、たとえどんなに美しいとしても、価値があるでしょうか? 
 それを見出した人にしか、価値はない。だから私は敗れた。私の生み出したものは――」

 芸術ではなかった。

「いえ、よしましょう。疲れているみたいだ。
 せっかく部屋を用意していただいたんだ。寝ることにします。
 忘れてください」

 私はまたも年甲斐のないことをした、と恥じながら部屋へと戻った。


 夜、ぶるりとふるえて目をさます。窓の外に、月明かりが見える。
 なぜだか目がさえて寝付けないから、私はベッドから立ち上がり、扉を開ける。

 カウンターには昼間の彼女が、まったく同じ姿勢のまま座っていた。椅子に腰かける彼女に、月明かりがスポットライトとなっている。

「目をお覚ましになられたの」
「ええ、少し寝付けなくて」

 私は継ぐ言葉を考えて――。

 ああそうか、と合点した。

 1階にある「愛」と題された展示。立体的なモニュメント。その中央に配置された――。

「どうぞ、ゆっくりと御覧になってください」

 そういって彼女は微笑む。その顔はとても美しく――、絵画のようで、人を模した絵画に人間のほうが近寄っていく、駄目だ、頭がおかしくなりそうだ。

「ここから出られないのですね? 」
「ええ。私も作品ですから」
「私はあなたほど美しい人を見たことがない」
「そういっていただけると、父も喜びます」


 荷物をまとめ、館を出る。

 死ぬのは取りやめだった。
 人生に絶望している暇はない。
 作らねば。ただ、形にせねばならない。
 父の作品として残された、美しい彼女のことを。
 父の呪いにしばられた、悲しい作品のことを。
 それはただの、エゴではあるが。
 ざくざくとけもの道を戻っていく。携帯のバッテリーはなくなっていた。


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