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秋 ひのこさん

歯について考える時、右と左がよくわからなくなります。右奥だっけ、左奥だっけ。虫歯が絶対にあると思われるあの場所を伝えるべく「ええと、右です。そして上な気がします」と言ったら先生が「うん、上は上でも左ですよね」とか言う瞬間が恥ずかしいので、虫歯は放置しているような人間です。こんにちは。 

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東京、捨て『ゼリフ』の怪

16/11/11 コンテスト(テーマ):第121回 時空モノガタリ文学賞 【 捨てゼリフ 】 コメント:0件 秋 ひのこ 閲覧数:593

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 小学2年になる息子、朔太郎が小さなハコ型テレビを持って帰ってきた。子供の腕で抱えられるほど小さい、赤いブラウン管のテレビ。
 弘美はうんざりして開口一番、「なにそれ」と尋ねる。
「拾った」
「拾ったって、また?」
 口数が少なく感情表現も好奇心も乏しい長男は、何故か最近やたらと捨て犬だの捨て猫だの、瀕死のハトだのを拾ってくる。その度に「後始末」に奔走するのは結局母親の弘美だ。今度は粗大ゴミとは。
「粗大ゴミじゃないよ。『ゼリフ』だよ」
「え?」
「ゼリフ。ここに書いてある」
 朔太はテレビを抱えたまま、顎をかくかくさせて平らなてっぺんを指した。弘美はそれを覗き込み、「え」と驚きと不信と疑問がごちゃまぜの声を出す。
 テレビのてっぺんに、白い太筆で豪快に『ゼリフ』と殴り書きされていた。
「ゼリフって何よ。テレビでしょ」
 弘美がぶつぶつ言っている間に、朔太郎は居間に移り、テレビを床に置く。妹の知夏が「あ、それ『ぜりふ』?」と寄ってきて、弘美はぎょっとする。
 ゼリフなんて言葉(或るいは「物」?)、いつどこで覚えたのだろう。第一、21世紀生まれのふたりは知らないかもしれないが、これはテレビなのだ。

 子供らがテレビを撫でたり、電源とおぼしきスイッチを押したりして遊んでいる間に、弘美はパソコンを開き、検索画面を表示する。「ゼリフ」と打ち込み、その結果に思わず「あらら」と声が出た。
 出てきたのだ。ずらずらと。『ゼリフ』が。だが混乱したのはそれが「テレビ」とつながらないことだ。

<『ゼリフ』拾いました。どう見てもヤシの実で……>
<神過ぎる『ゼリフ』発見。見よ、この神々しい姿……>
<捨て『ゼリフ』里親募集の貼紙ww 欲しいけどうち狭いから無理(泣)>

 続いて画像検索してさらに唖然となる。
 白い太筆で『ゼリフ』と書かれたありとあらゆるもので、上から下まで画面が埋まった。


 翌日、妹・知夏の幼稚園のお迎え時、弘美はママ友にゼリフのことを尋ねてみた。
「さくママも拾ったんだー。うちもだよ。まだ家にある」
 たっくんママが即座に応じた。弘美の呼び名はお兄ちゃんの朔太郎の時から継続して「さくママ」だ。
「なんか一度拾うと捨てられないよねー」
「わかる! でもそのわりに捨てられた『ゼリフ』がやたら多いっていうね」
 皆すぐ話にのってきてほっとする。ママ友内における話の振り方はこれでも結構気を使うのだ。
 どうやら『ゼリフ』は周知されているようで、誰も「何それ」とは言わない。弘美は内心焦りつつ、正直に皆の顔を見回して尋ねた。
「ねえ、ゼリフって、何?」
 空気が、時間と空間を巻き添えにぴたりと止まった。誰もがそれまでの和やかな表情を顔から拭い、弘美を凝視している。
 たっくんママとあっちゃんママが強張った顔で視線を交わす。その足元で、あっちゃんが「ママぁ」と不安そうな声で大人たちを見上げた。
「ちょ、そんなんここで聞かんでも! さくママ今のはちょっとスベり気味やで! イエローカードやわー」
 お調子者のみきママが関西人ならではのノリで弘美の背中をばんと叩く。それを合図に、詰まっていたものが抜けるように空気がどっと循環して、周囲に笑顔が戻った。
「ねー、ちょっとびっくりしたー」
「本気かと思ったー」
 弘美は強張りを頬に残したまま、無理やりとぼけてみせる。「ウケるかなーと思って。滑っちゃったねー」


 その夜、たっくんママは――、
 必死にネットで検索していた。『ゼリフとは』『ゼリフ 謎』『ウィキペディア ゼリフ』……。
 拾った当初、一度は調べたものの、どれも曖昧で「これ」という答えは見つからなかった。そのまま放置しなんとなくここまできたが、今さら「知らない」とは言えない。
 なにしろママ友グループのリーダー的存在なのだ。流行も噂話も何でも知っていると皆から思われている。さくママのような失態を笑って少し上からたしなめる存在、それがわたしなのだから。

 同じ時間、同じマンションの下の階で関西出身のみきママは――、
 娘を寝かせ、夫の帰宅を待つ間、横目で『ゼリフ』を忌々し気に見つめる。
 飼っている猫が手で引っかき、体当たりして弄ぶと、それはごろんごろんと転がり壁にぶつかった。小ぶりのボーリングの玉に白い筆で『ゼリフ』の文字。
「何って言われてもな。こっちが聞きたいわ」
 でもそんなことしたら、空気読めへんやつって思われてますます生活し辛くなるからな。東京はやりにくいわ。猫を引き寄せ、小声で愚痴った。

 あっちゃんママも、桜ママも、その夫も、夫の同僚も、同僚の嫁も、嫁の友人も、その娘の女子高生も、毎日、そこら中で誰かがそれを拾ってきては血眼になって調べ、最後はひと知れずつぶやいている。


『ゼリフ』って一体何々だ。


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