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プーアル茶を飲みながら考えたこと

16/11/07 コンテスト(テーマ):第120回 時空モノガタリ文学賞 【 平和 】 コメント:0件 ケイジロウ 閲覧数:499

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 小さな川を見下ろす冷たいベンチに腰を下ろした僕は、ネクタイをゆるめ、煙草に火をつけた。冷たい灰色の川を5匹のカモがのんびりと泳いでいた。いや、「のんびりと」というのは僕が勝手に思っていることかもしれない。水面下で何が起こっているかここからでは確認できない。ただ、彼らが通った水面に、穏やかな線がのんびりと揺れているのは確かだった。
 僕は足元に転がっていた小石を拾い上げると、先頭のカモをめがけてそれを投げ落とした。しかし、僕の投げた石はそのカモには当たらず、そのまま川に入った。カモは一斉にバタバタと逃げ散った。灰色の水面が激しく揺れ、元あった穏やかな線はぐちゃぐちゃに曲がり、そして、激しい揺れにかき消された。
「こらっ!なにやってんだっ!」
 誰かの怒鳴り声が聞こえてきた。後ろを向くと、少し離れておじいさんが僕のことを睨みつけていた。僕は無視した。そして、煙草の吸殻を、なお激しく揺れ動いている水面に投げ落とした。
 僕は新しい煙草に火をつけた。先ほどのカモ達は岸に上がり、一列になってお尻を激しく振りながら歩いていた。いや、走っていたのかもしれない。しかし、僕にとってはどちらでもよいことであった。今度こそは、と、僕は小石を拾い上げた。
「おい」
 振り向くと先ほどのおじいさんが、僕の座っているベンチの横に立っていた。間近に見るおじいさんの目は真っ赤に燃え上がり、口元が引きつり震えていた。僕はそんなおじいさんを無視して、小石を最後尾のカモのお尻を目がけて投げつけた。
「おい」
 おじいさんが僕とカモとの間に入り、強引に僕の視界の中に入り込んできた。僕の投げた小石が、最後尾のカモのお尻に命中したかどうかはわからないが、カモがバタバタと一瞬飛んだのが、おじいさんの背後に見え隠れしていた。
 おじいさんは散歩中なのだろうか。下は灰色のジャージ、上はピンク色のウィンドブレーカーという恰好だった。そのウィンドブレーカ―は娘かなんかにもらったのだろう、と僕は思った。
 僕はまた小石を拾った。しかし、おじいさんが邪魔で投げられなかった。おじいさんの顔面目がけて石を投げつけようかとも考えたが、やめた。おじいさんの意思は固く感じられた。石を投げつけられ、額が割れて、血を流したとしてもそこから動かない意思を僕はそのおじいさんから感じた。おじいさんは何も言わず僕を睨み続けていた。僕は石を足元に落とし、煙草に火をつけた。
「となりに座ってもいいかね?」
 とおじいさんが言った。
 僕はその言葉を無視した。おじいさんは僕の隣に腰を下ろした。おじいさんは鞄から水筒を出し、中身をコップに注ぐと、僕の方にそれを向けてきた。
「飲め。プーアール茶だ。うまいぞ」
 おじいさんは、湯気が立ち上るコップを、半ば強引に僕の手に握らせた。僕は何も言わず一口啜った。苦かった。
「この世の中、うまくいかないことが多いんだよ。そんなもんだよ。周りはみんな敵に見えてきたりしてね。」
 おじいさんは川を見つめながら一人でしゃべりだした。
「でもな、ヤケになっちゃいかん。我慢だ。おい、煙草一本よこせ。」
 僕は煙草を一本渡し、その煙草に火をつけてあげた。おじいさんは旨そうに煙を呑んだ。川には先ほどのカモが、のろのろと川を泳いでいた。彼らが通った後に、穏やかな線がのんびりと揺れていた。
 僕はしばらくその穏やかな線を眺めていた。
 なんだか、僕はとてつもなく悪いことをしたような気がしてきた。その穏やかな線はそれはそのままでいいのではないだろうか。それを破壊することは簡単なことだ。しかし、それはそのままでいいのではないだろうか。
 気が付くと、僕は涙を流していた。おじいさんがもう一杯プーアール茶を注いでくれ、僕はそれを飲んだ。苦かった。
 僕の周りには敵しかいない。苦、だ。それでも、その穏やかな線はのんびりとゆらゆら揺れていてもよいのかもしれない、僕はプーアール茶を飲みながらそんなことを考えた。


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