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宮下 倖さん

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花と雪の幻想

16/11/07 コンテスト(テーマ):第120回 時空モノガタリ文学賞 【 平和 】 コメント:3件 宮下 倖 閲覧数:583

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 幾重にも重なる灰色の雲から雪片が落ちてきた。勿体をつけたようにゆったりと降りてきては、目を細めて鈍色の空を見上げる男の肩で透き通っていく。薄い外套の襟を掻き合わせ、男は真っ白な息を太く吐き出した。
 冬を越すためには少々厳しい場所かもしれない。無意識に死に近くなる選択をしたようにも思えるし、ここで乗り切れれば今までとは違う春を迎えられそうな気もした。だが越冬のための充分な準備も蓄えもない。村はずれに見つけた廃屋に勝手に住みついただけだ。

 山から唐突に吹き下ろす風が雪片をなぶる。外に積んでいた痩せた薪を抱え小屋に戻ろうとした男は、村のほうからこちらへ来る人影を見つけ訝しげに目を凝らした。胡散臭い流浪の者を相手にする村人がいるとも思えないし、相手にされても男としては正直困るのだが。
 人影はまっすぐ男の住む小屋へ足早に近づき、頭からすっぽり被った厚い外套のフードを背中へはらった。顕になった顔が少年のもので男は困惑する。 

「……俺になにか用か?」
「ここじゃ冬は越せない。山からの風が強すぎる。この家に住んでた人も出て行った。村に下りないと死ぬよ。戦士ルウ」
「……俺を知ってるのか」
「大陸戦争の英雄、だろ?」

 風が雪を散らして過ぎる。
 男は是とも否ともつかない唸り声とともに白い息を吐き、少年を睨めつけた。




 七年にも及ぶ大陸戦争が終わったのは十一年前。ひとりの青年兵が数多の軍勢をかいくぐり敵国の王の首級を上げたことで一気に収束へ向かったのだ。青年兵の名はルウ。のちに「大陸戦争の英雄」として広く知られることになる。
 しかし、彼が英雄として民衆の熱を享受していたのはわずか一年だった。戦争終結一周年記念式典で事件は起こった。

 平和な世界を言祝ぎ、歓喜に沸く民が埋め尽くす広場。祝いの白い花びらが民の手によって撒かれ、汚れなき羽のように舞う。
 そんな中、馬上から手を振る王を狙う敵国の残党がいた。近衛隊長として王の傍にいた彼はいち早くそれに気づいた。
 残党が王の前に出る。しかし一緒に押し出された子どもが王と残党の間に転がった。子どもを蹴り上げようとする残党。一瞬の後、両断された残党の片足がぼたりと地に落ちる。撒き散らされる血と悲鳴が式典を赤く染めた。
 そうして人々は思い出したのだ。あの血塗られた戦の日々を。英雄と崇めてきたこの青年が数多の命を奪ってきた人間だということを。

 この事件を境に何かがちぐはぐになった。表面上は変わらぬように見えたが、明らかに彼を拒み忌避する色が感じられるようになった。平和を得た世界に血のにおいは不要なのだ。誰かの役に立ちたいと願い戦った愚直なまでの青年の孤独は深まっていった。
 静かで冷たい圧力は彼の居場所を狭めていくばかりで、人と距離をおき王都を離れた彼は、あてのない旅に出た。どこにも長く居つかず大陸中を転々とした。平和を貪る民に、戦を想起させる存在は要らないのだ。




「この平和な世界の中では大陸戦争の英雄などただの大量殺戮者だ。ここにいて迷惑なようならすぐに出て行く」
「ちょっと待って! 誰もそんなこと言ってない。少なくともこの村の人間は誰ひとりあなたを疎ましく思ったりしない」

 だって、と少年は笑んだ。

「あの式典の日、助けてもらった子どもはオレなんだから」

 あなたがここに来てすぐわかったよと少年は破顔した。あの事件の後、英雄が都を離れたことも大人たちの話から知った。ずっと会いたいと思っていた。

「ありがとう。命を助けてくれて。……それより、戦争を終わらせてくれてありがとう。あなたがいてくれたからオレたちは生き延びられた。オレたちのために血に染めた手を忌み嫌ったりなんかしない」

 手袋を外し差し延べられた少年の手に男は一瞬怯む。そんな様子に頓着することなく少年は男の手を掴んだ。そのあたたかさに男の体から力が抜ける。
 いくつもの命の上に成り立つ平和。兵士の、民の悲鳴の中でようやく生まれた平和。その平和から背を向けられたかつての英雄。

「俺はもう英雄なんかじゃない」
「わかってるよ、戦士ルウ。それでもオレには命の恩人だ」

 男は瞑目する。
 この平和な世界の片隅に、まだ自分は生きていてもいいのかもしれない。
 りょう、と風が鳴る。 
 舞い上がった雪片が、あの日広場を埋めた花びらと重なった。過去と現在が交錯し、幻想のような白い風景の中、男は「ありがとう」と少年の手を握りしめた。
  


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このストーリーに関するコメント

16/11/30 冬垣ひなた

宮下倖さん、拝読しました。

平和のための戦争が終わり、英雄を必要としなくなったとき、あっさりとその恩は捨てられてしまう。この民は、同じようにしていずれ平和を忘れ去ってしまうのかもしれません。けれど少年との出会いが、英雄の心に平和をもたらす……希望を残す心温まるお話をありがとうございました。

16/12/04 光石七

拝読しました。
平和をもたらしてくれた英雄に背を向ける民の身勝手さに悲しくなりますが、この民は私でもあるのだろうと思います。
多くの犠牲の上に成り立つ平和、もちろん犠牲を払うことなく平和になるのが一番いいのですが、その犠牲や平和のために尽力した人々を忘れないことが大切ではないかと改めて思いました。
少年との出会いで英雄の心に灯りがともり、よかったです。
素敵なお話をありがとうございます!

16/12/05 宮下 倖

【冬垣ひなたさま】
「平和」というテーマで私の頭に浮かんだのが「儚い」という言葉でした。
そのイメージを物語にしたらこの作品になりました。
民は平和に慣れ、平和に導いた英雄を疎み、彼の傷に気づくこともないのかあと思うと悲しいですが、「希望を残す」話と言っていただけて嬉しいです。
読んでいただき、コメントも残してくださりありがとうございました。

【光石七さま】
私も書きながら、この民たちは自分自身でもあると感じました。
同じ立場におかれたら私は純粋に彼に感謝し続けていられるだろうか、と。
だから少年にいろいろなものを託したような気もちです。彼らが同じ村に住んで、穏やかな歳月の中で幸せになってもらえたらと思います。
読んでいただき、コメントも残してくださりありがとうございました。

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