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本宮晃樹さん

ふつうにサラリーマンをしております。 春夏秋冬、いつでも登山のナイスガイ。 よろしくお願いします。

性別 男性
将来の夢 魁! 不労所得!
座右の銘 定時帰社特攻隊長

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そして目覚めると、わたしは肌寒い部屋にいた

16/11/04 コンテスト(テーマ):第92回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:530

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 眠っていた年数を考慮すれば、めくるめく未来が眼前に押し寄せ、わたしを圧倒するはずだった。
 重力波を打ち消す「斥力波」の放射によって無音で浮遊するフロート車両、脳に増設用メモリをインプラントしたマインドサイボーグ、人種混淆が進んで日本人離れした人びとであふれかえる文化的サラダボウルの大都市。エトセトラ、エトセトラ。
 ……などということはいっさいなく、この国は相変わらず閉鎖的で、重力波は検出されたにもかかわらず基礎研究段階にとどまっており(応用技術へ発展させるだけの研究資金が下りなかったそうだ)、自前の貧相な中央演算装置に頼ってしょっちゅう約束をすっぽかす生身の人間ばかりだった。
 先ごろ出てきたばかりの解凍クリニック担当医師は、いささか冬眠者に対して悲観的すぎただけにちがいない。確かに十五年ものあいだ社会から隔絶されていたのはまずかろう。だからといって人権を持つ一人前の人間が、それだけで社会全体からないがしろにされるなんてことがあってたまるか。
 大丈夫だ。わたしはやっていける。やっていけるはずだ。

     *     *     *

医療冬眠をお考えのみなさまへ
 当技術は広く誤解されているような、人間を液体窒素に浸して冷凍するなどというものではいっさいありません。水は液体より個体のほうが体積が大きいため、そんなことをすれば解凍時に細胞内の水分が膨張し、それをずたずたに引き裂いてしまうでしょう。
 またそうでなくても人間は恒温動物であるという宿命から、低体温に極端に弱く、三十度を切ればまず自力での回復は不可能となり、たいていはそのまま死にいたります。
 ところが同じ哺乳類であるはずのシマリスは、体温を六度付近まで下げた状態で数か月も土中で耐え忍ぶことが可能です。その際代謝率は夏季の活動時に比べて数パーセントまで落ち、心臓の拍動は一分間に数回まで抑制されます。
 この驚くべき現象は冬眠特異的タンパク質(HP:Hibernation specific protein)と呼ばれるホルモンが立役者となっています。これが冬眠の前に先立ってシマリスの血中から脳へと移動することにより、彼らの身体は低体温になるための準備が整い、長い冬を越すことができるのです。
 問題はこれをどう人体へ敷衍するかですが、具体的にはHP産生遺伝子の制御領域にあるシトシン塩基を脱メチル化することにより、当該遺伝子を活性化します。こうしたエピジェネティックな作用はあくまでDNAの化学修飾であるため、もとの機能を根本から変えることはなく、仮に脱メチル化による弊害が確認された場合には、ただちに再メチル化してもとに戻すことが可能です。
 技術的にはすでに幹細胞からニューロンを誘導・樹立し、お客さま一人ひとりの組織適合性に沿ったかたちで補充できるようになって久しい昨今です。ところが現状では、脳細胞の補充は人格改変のおそれありという理由で認可されておりません。
 にもかかわらず、世の中は交通事故や人間関係のトラブルなどで日々、脳損傷を引き起こすであろう不安要素に事欠かない状況です。もしそれに巻き込まれたら? 大切なご子息やご息女、ステディ、だんなさまや奥さま、かけがえのないお友だち。お客さまご自身はもちろんのこと、大切な係累のかたがたも弊社の緊急時医療冬眠保険へのご加入をセットでご考慮されてはどうでしょうか。

サービス内容:交通事故等その他の理由で脳損傷を負ったとき、優先的に医療冬眠を受ける権利の付与(脳死者として死亡診断書を書かせる代わりに、医療冬眠処置を病院側へ義務化する)
冬眠期間:別紙のサービス年数表よりお選びください。※この表にある「無期限」とは、脳補充措置が認可されるまで期間を定めない、という意味になります。
その他金融商品との提携:長期株式保有、国債、ポートフォリオなどを脳死冬眠と同時に購入できるサービスもございます。これらの金融資産をお持ちであれば、お目覚めになった際に無一文で社会の荒波に放り出される悲惨な未来を避けることができるかもしれません。

     *     *     *

 いいですか日下部さん、よく聞いてくださいよ。おそらく面食らうかと思いますが、あなたは十五年前に事故に遭い、脳死状態に陥りました。ご存じの通り、当時は脳補充が規制されてましてね。本当ならあなたはそのまま死ぬはずでした。
 幸か不幸か医療冬眠保険に加入されてましたよね。え、知らない? ええと、契約書によれば親御さんがかけてくれてたようですよ(なんで医師が契約内容の説明までせにゃならんのだ、と愚痴る)。ともかくそれが無期限契約だったので、満を持して規制緩和された今年度、こうして常温に戻させていただいた次第でして。
 十五年前か。いい時代でした。信じられないでしょうが、あれでも景気はまだよかったほうですよ。いまはひどいもんです。どの産業にも外資が徹底的にちょっかい出してきてますし、子どもは増えないし、賃金も当然増えない。医師でさえ食いっぱぐれる世の中です。だって誰が人間の医者なんか当てにしますか? エキスパートシステムがちゃちゃっと正確無比の診断を下しちまうってのにね。
 ついつい愚痴っぽくなってしまいました。ともかく十五年のブランクはとてつもなく大きいと覚悟しておいてください。こんなこと言うのもなんですが、医療冬眠保険というのは完全な失敗でした。いま社会現象になってるんですよ。あなたがたみたいな無能力労働者――じゃなかった、〈トラベラー〉たちをどうするかでね。
 労働市場ははっきり言って、飽和してます。まともな職にありつくのがいかにたいへんかは次の事例が日常茶飯事だってことを伝えれば十分でしょう。当節はね日下部さん、年金が出ないものだから老人はいくつになっても働きたがる。若者は食い扶持を稼ぐために当然働かなきゃならない。
 なにが起こってると思います? 世代間対立ですよ。それも飛び切りのね。老人が若者を殺すのは当たり前ですし、その逆もまたしかり。限られた雇用を取り合うゼロサムゲーム状態です。日下部さんも気をつけてくださいよ。ふらっと繁華街なんか歩こうものなら、目の血走った老人に後ろからがつんとバットでやられかねません。
 最後にひとつ。医療冬眠保険会社はとっくのむかしに倒産してます。それにともなって施術者――つまりぼくです――が契約内容の結果をお伝えすることになってますので、よく聞いてください(なんで俺が、とまたぞろ愚痴る)。
 ご両親は二人とも亡くなられてます。脳死者は法律上死亡と同義でしたので、遺産はあなたを除いた遺族で分け合ったようですね。不服なら家庭裁判所がその手の訴えを取り扱ってますが、いまのところすべて敗訴してますのでご留意を。
 次に金融商品のたぐい。これらはすべて無価値になりました。日下部さんが死んでからずっと低迷状態が続いてまして、割と早い段階で損切りが決定され、すべて処分されたとのことです。逆ざやの純損失は多額の借金としてしっかり残ってます。非常に申し上げにくいのですが、日下部さんはけっこうな額の債務者ですのでご留意を。
 以上となります。(がっくりと肩を落とすわたしに向かって)あ、日下部さん。あえて教えておきますが、先に目覚めた〈トラベラー〉のなかから早くも自殺者が何人も出てます。彼らの心が特別に弱かったのか時代がしんどすぎるのか、ぼくには判断できません。でもとにかく強く生きてください。
 なんといってもせっかく拾った命なんですから。

     *     *     *

「あー、〈トラベラー〉のかたですか」電話口の採用担当者は明らかに受話器を置きたがっているような口調だった。次の瞬間、実際にそうした。「すいませんが、よそ当たってください」
 用意のいいことに、職業安定所にはわたしみたいな〈トラベラー〉が一時的に身を寄せられるよう、倒壊寸前の公共宿舎が併設されている。われわれはここにぶち込まれ、前時代的な固定電話を片手にひたすら採用の見込みのないセールスをかけ続けるのだ。
「なあお若いの」となりのブースにいる男が話しかけてきた。目は落ち窪み、ひげは伸び放題、おまけに頬は骸骨みたいにこけていた。「お前さんも例の保険に一杯食わされた口かい、え?」
 わたしは電話の手を止めた。「白状すれば、そうなんです」
「俺もそうさ、兄弟。嫁さんが気を利かせてかけてくれてたんだけどな。起きてみれば当の本人にゃとっくに離婚されてるし、株は全滅。すっかりでかくなったガキどもは俺をゾンビ扱いするときた。いく当てもなくてここに流れ着いたって寸法よ」
「そうですか」言葉が見つからない。「それはお気の毒さまです」
「手が止まってるようですが」ハローワークの職員が背後に立った。「求職活動してないと判断されれば宿舎から出てってもらいますよ」
「けっ。偉そうに」おっさんは職員が十分離れてから小声で、「あんなとこ、金さえありゃ頼まれたって住んでやるもんか」
「ぼくたち、これからどうなるんでしょう」
「どうなるもこうなるも、かたっぱしから電話するよりしょうがあるまいよ」
 わたしたちはそうした。その日のうちに三十件ほどさらに当たってみたが、色よい返事はいっさいなかった。
 おそらく明日もないだろう。

     *     *     *

 職員には毎日のように仕事を見つけられないことで罵倒され、債権者からは返済の督促がひっきりなしにかかってくる(むろん自分用の携帯端末はないのでハローワークにかかってくるのだが、それがまた職員たちの怒りを買うという悪循環に陥っている)。天涯孤独で友だちはおらず、恋人なんか夢のまた夢だ。
 骸骨みたいに痩せたおっさんはつい先日、この世からいなくなった。最後に見たときはそんなそぶりをいっさい見せず、俺を雇わないとはまったく見る目がないぜ、と息巻いていたのに。
 遺書を特別に見せてもらったのだが、終始愛想のよかった彼が書いたとはとても信じられないほど、びっしりと恨みつらみで埋め尽くされていた。彼はすべてを呪っていた。国を、保険会社を、嫁を、子どもを、そしてなにより、自分自身の無能さを。
 わたしはこう確信するようになった。交通事故かなにかでそのまま死ぬのと、こうして社会的に抹殺されていることのあいだには、事実上なんらの差異もないのだと。われわれ〈トラベラー〉は脳をやられて低温処置室へぶち込まれた時点で、すでに死んでいたのだ。
 だからわたしがこれからしようとしていることは、自殺ですらない。延長されていた本当の死を甘んじて享受する。ただそれだけのことである。
 われわれはなにによって殺されたのだろう? 脳を破壊した事故やら事件やらか? 安易な思いつきで儲けようとした倫理観に欠ける保険会社か? ろくに知識もないくせに金融商品を適当に転がした担当者か? よかれと思って保険をかけてくれた親族か?
 わからない。
 わたしにはわからない。


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