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アシタバさん

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平和島

16/11/03 コンテスト(テーマ):第120回 時空モノガタリ文学賞 【 平和 】 コメント:0件 アシタバ 閲覧数:456

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 零式戦闘機の操縦席から眼下に見えるのは果てのない海だ。その海に米軍の戦艦が城のようにどっしりと構えている。私は攻撃すべき城にむけて操縦かんを切った。戦闘機は絶叫のようなプロペラ音とともに落下に近い角度で急降下する。
 刹那、轟音がした。自分の肉体にも等しい愛機の皮膚が無数の弾丸で激しく貫かれるのを感じた。戦艦の対空砲火だった。
 海面に叩きつけられるまであと数秒と覚悟した時、心のなかで願った。
 カヨに会いたい。

 ***

 目を開けた。
 私は浜辺にたたずんでいた。寄せては返す波が何度も砂浜を洗って海の音色を奏でている。そして、なぜか私の目の前に白いシャツを着た男が立っていた。何者かと注視していると男が口を開く。
「ようこそ平和島へ。お時間は夜眠りにつくまでです。それまではどうぞご自由にお過ごしください」
 こちらが話す暇などなく、男は言うだけ言って砂浜を歩いて去ってしまった。男の背中を見つめていると目眩がしてきて、再び意識が遠のく。遠のきながらぼんやりと考えた。ああ、そうか、これはきっと夢なのだ。あの世へいく前に、人生最後の夢をみているに違いない。きっとそうなのだ。なら、せっかくだし、いい夢をみよう。空襲から逃げ遅れて、助からなかったかわいそうなカヨ。叶うなら、もう会うことの出来ない、カヨの夢をみたい。

 ***

「あら、起きましたか」
 目を覚ますとカヨがいた。私の妻。柔和な笑顔でこちらを覗き込んでいる。後頭部に彼女の膝の感触があった。驚いて、すぐさま起き上がり、あたりを見まわすと、自分は見知らぬ家の縁側にいるのだとわかった。家には小奇麗な庭があり、庭のむこうには広々とした海が見える。船も飛行機もない。ずっと続く水平線を見て、ここはやはり島なのだと思い知った。男は平和島だと言っていた。そして、望みが叶ったことを悟った。
 私達のいる家には生活に必要なものが十分揃っていた。特に食料は、米、野菜、肉、魚、卵、なんと菓子まで用意されていたのだ。このご時世に一体どこから手に入れたのだ、と驚いたが、すぐに考え直した。なんてことはない。これは夢なのだから、理想が実現しても、不思議なことなんてないのだろうと納得した。
 カヨとは海辺を散歩したり、家でのんびりお茶を飲んだり、将棋を指したり、一緒に料理をしたりして過ごした。夢のなかでもカヨは私の知っているカヨで、よく喋り、よく笑っていた。夫婦になってからすぐ戦争に駆り出されて、一緒に暮らした日々は短かった。なので、話すことは尽きない。何か特別なことをしているわけではないが彼女と一緒にいるだけで幸せな気分に浸れた。幸せを害するものなどこの島にはないのだ。戦争を正当化する風潮も、戦うべき敵国も、明日の食べ物を心配する不安も、誰かを不条理に失う悲しみも、ここにはなかった。ただ心のどこかでは、夢ではなく、本当のカヨにも、こんな平穏な日を過ごして欲しかったという気持ちにもなった。

 やがて夜がふけ、少し眠くなっていたが、海辺で星をみることにした。浜辺に寝転がると宇宙に放り出されたと錯覚するほどの美しい星空だった。
「空襲の心配のない夜はいいものね」
 カヨは軽い調子で言ったが、私は返事に窮する。私が太平洋戦線へ向かう前に空襲から逃げ遅れてカヨは死んだと報せがきていたのだ。返事の代わりに「今日はいい日だった」そう伝えると、「本当にそうね」と同意をしてくれた。
 ずっと、こんなふうに二人で過ごしたかった。戦争がなかったら、平和だったなら、きっと当たり前のように送っていた日々のはずだ。明日も、明後日も、こんな日常を生きていたかった。
 平和な日々。ただそれだけが欲しかった。
 だが、その願いはもう叶わないのだろう。
 しばらく間を置いて、カヨは言った。
「あなたと最後に過ごせてよかったわ」
 カヨは最後まで笑っていた。彼女の笑顔に、私はずっと惹かれていたのだ。
 たとえ夢でも、もう離れたくはなかった。そこにあの男の言葉が蘇る。
(夜眠りにつくまで)
 強い睡魔が襲ってきた。どうしようもなく瞼が重いのだ。とても眠たい。星の光も波の音も、全てが遠くなる。カヨが眠ってしまったのかどうか確かめる余力もなかった。あらがえずに目を閉じる。
「愛している」
 意識が消える間際に自然と口をついた。戦時下の非常時にはしたないかもしれないと心配になる。しかし、許してもらえると思った。

 何故なら、ここは平和な島なのだから。

 ***

 白いシャツを着た男が海辺を歩いている。歩いた先に防空頭巾を被った小さな女の子がいた。防空頭巾に使われている布は、先ほど、男が家屋に案内をした女性のものと同じ柄をしていた。
「ここはどこ?」
 女の子に問われて男は答えた。

「ようこそ、ここは平和島ですよ」


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