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鮎さん

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マチちゃんに星が降る

16/10/28 コンテスト(テーマ):第120回 時空モノガタリ文学賞 【 平和 】 コメント:0件  閲覧数:571

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「五月にマチちゃんの靴がなくなったでしょ。あれ、やったの私なんだ」
 真夜中の音楽室。マチちゃんは黙ってピアノを弾いていた。私は彼女に懺悔でもするみたいに、ぽつりぽつりとつぶやいた。
「マチちゃんの机に落書きしたのも私。悪口言ってた。クラスのみんなにマチちゃんを無視するように言ったのも私、」
「……の、いたグループの女の子たちだったね」
 この曲、なんだっただろうか。小学生の時、卒業生を送る会で毎年歌った。マチちゃんはみんなの憧れだった伴奏を軽くやってのけた。いい子だった、マチちゃんはなんだってできた。性格だってよかった。
「サエちゃんはいつも不安そうに笑ってたね」
 マチちゃんの指が鍵盤をなぞる。
「あのグループ、サエちゃんのこと友達だって思ってなかったよ。全然、いいように使われてただけだったよ」
 知ってた、と言ったつもりが、動いたのは口先だけだった。
「私ね、悲しかった」
「……ごめん」
「サエちゃんがいじめの仲間になったことよりも、私のこと、マチちゃんって呼んでくれなくなったことが、一番悲しかった」
 私のトモダチは、みんなマチちゃんのことを「春山」と苗字で呼び捨てにした。マチちゃんはいつからかマチちゃんじゃなくなって。彼女も私をサエちゃんとは呼ばなくなった。
 ぽーん、ぽーんと軽い音が鳴る。この曲の名前をもう少しで思い出せそう、と思った瞬間、マチちゃんが両手で乱暴にピアノを叩いた。
「でも、もういいの」
 低音と高音が乱雑に入り乱れて反響する。その奥で、マチちゃんがにっこり笑った。
「最後にサエちゃんが私に会いに来てくれたから」


 世界は今夜、滅亡するらしい。


 大きな隕石が落ちてくるらしい。先週知った。みんな死んじゃうらしい。それは、一昨日知った。それもなんだかよくわからないまま今日になって、なんにも変わらない朝が来て、昼が過ぎて、そして夕暮れがきて。
 雨戸を閉じた真っ暗な部屋に、メールの受信音が響いた。中学になって消したアドレスから。全部見透かしたみたいに、件名には「春山真智です」と本来は必要ないはずの言葉が刻まれていた。

 どうして最後に一緒にいる相手に私を選んだの。そう尋ねると、彼女窓の外にふっと目をやる。

「……七月に校内に七夕飾り、置くでしょ」
「うん」
「サエちゃんの短冊、見たんだ」
「……馬鹿みたいって思ったでしょ」
「思わなかったよ」
 私は短冊にただ一言、「平和」と書いた。あんなものじゃ何が平和なんだかどんな願いなんだかわかったもんじゃない。
 でもマチちゃんは「あの短冊を書いたサエちゃんは、私の好きなサエちゃんのままだった」と笑う。
「サエちゃんのお母さんは、最後までお酒飲むのやめなかったね」
「マチちゃんのご両親も、優しい顔して、結局最後までマチちゃんを殴ったんでしょう」
 私もマチちゃんも、家庭環境はよくなかった。だから小学校の時は、お互いにどこか似たような空気を感じていた。それなのに中学に上がったら、いじめる側といじめられる側になって話もしなくなった。原因は今でもよくわからない。
「……サエちゃんの短冊のお願い事、叶ってよかったね」
「今から滅亡する世界に、平和も何もないよ」
「違うよ。滅亡するってことが、平和なんだよ」
 マチちゃんがはじめて、私をまっすぐに見た。
「平和っていうのは、争いがないこと。誰も傷つかないこと。心が煩わされないこと。何も感じないこと。なら、人間がみんな死んでしまえばこの世界は平和だよ」
 あと少しで隕石が落ちてくる。雨戸の閉じた自室は怖くて仕方なかったのに、今は不思議と怖くはなかった。
「……落ちてくる」
「でもそしたら、いじめだらけの教室はなくなるね」
「サエちゃんを傷つける家もなくなる」
「マチちゃんを殴る人もいなくなる」
「犯罪もなくなる」
「環境問題なんかもなくなるね」
「そもそもこの星がなくなるんだものね」
 なんだかおかしくて、くすくす笑った。そうだ、なにもこわいことなんてないんだ。

「世界は滅亡する。そして平和になるのよ」


 短冊に書いた「平和」は、世界平和だとかそんな大それたものじゃなかった。いじめのない教室にやさしいお母さん、そしてマチちゃん。その三つさえそろえば私の平和は完成する。
 それでも結局最後までいじめはあった。お母さんは酔いつぶれていた。私に残ったのはマチちゃんだけ。
 そのマチちゃんは「平和とは滅亡だ」と笑う。結局、平和なんてそんなものだ。人によって定義も違えば形も違う。
「……あ」
「なぁに?」
「マチちゃんがさっき引いていた曲の名前、思い出したの」
 柔らかな手を握る。反対の手で冷ややかな鍵盤に触れる。目を閉じる。



「蛍の光」



 そして、彼女が言うところの平和が訪れる。
 

 


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