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結簾トランさん

お話を書くのが好きな、結簾トランと申します。紅茶とケーキと古めのものも好きです。よろしくお願いいたします。小説家になろうにも同名でおります。http://mypage.syosetu.com/915289/

性別 女性
将来の夢 たのしいお話を生み出す人になりたいです。
座右の銘 「結局俺たちに選べるのは、やるかやらないだけなんだ」FFXのジタンの台詞です。

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むろん布にはなんの罪もない

16/10/28 コンテスト(テーマ):第120回 時空モノガタリ文学賞 【 平和 】 コメント:0件 結簾トラン 閲覧数:510

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ベッドの上には起毛のシーツ。ふかふかの掛布団にも起毛のカバー。両方とも、手触り抜群。
この間に私が挟まる。これぞ至福、安息の顕現。明日の朝陽が昇るまで、このキャパシティ少なめの頭に詰め込まれている全ての悩みつらみ生きる苦しみからの解放を許されているこの時間、私の心は凪のように平和である。
眠りに就くまで好きな書き物についての妄想をあれこれと繰り広げてもいいし、ただひたすらこの起毛の感触に浸っていてもいい。この喜び、この幸せ、是非みんな味わってみてほしい。もしあなたがとんでもない暑がりさんか、環境が許さないところに住んでいるのでなければ!
あゝ起毛、まさに起毛。特におろしたてのそれなんかは――ビニールから出したてのほやほやということだが――純情にして無垢なまだ世の世智辛さを何も知らないヲトメのようである。さぁ私色に染まらせてと云わんばかりのふかふかっぷり。飛び込んで御覧、御遠慮なく、そう、挟まって御覧。ゆっくりと息を吐いて肩の力を抜けば必ずや、安寧という言葉の意味を感じられるでしょう。若しくはより簡単に叫ぼう、ふかふかは正義だと。

ところで話は変わるが、先日、久しぶりに「あしながおじさん」を読んだ。これは叔母が私にくれたとても古い本で、お気に入りの蔵書の内の一つである。
その中で主人公のジルージャ・アボットがこういう人たちは実に詰まらないと語る人々の描写があった(元々ジルージャは割に人の好き嫌いがはっきりしている方だ)。政治、経済、その他「生きる上で役に立つこと」には何も関心を示さず、その代わりに最新のお洋服のことで頭がいっぱいな女性たちだ。
ああ、と私はその記述を読んで直ぐに思い当たった。お昼にテレビをつけると必死にお店を物色してお洋服を選んでいる人たち、今でも居る居る。アンテナを全部トレンドへ向けて、自分の格好に流行の最先端を取り入れることと、その様子を撮影してSNSに載せて褒められること、それが今いちばん重要なことなの!自信たっぷりに彼女らの内の一人が語っていた。
たまたまこれを聞いた私はその時鼻を鳴らし、目を細めて画面の中の彼女を見た。そんなことよりあなた、先日の選挙へはちゃんと行ったのかしらん。生意気にそんなことまで口に出して。さて、今振り返ってみて思う。
新しい服のことしか考えられない人間と、「平和」のテーマで布団について語ってしまった私。一体どちらの頭がより平和で、すっからかんなのだろうかと。


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