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若早称平さん

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お後がよろしいようで

16/10/21 コンテスト(テーマ):第119回 時空モノガタリ文学賞 【 お笑い 】 コメント:0件 若早称平 閲覧数:648

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 三日遅れのクリスマスパーティーだった。と言っても彼の家でいつもよりも少し豪華な食事をし、ケーキを食べるというだけのものだが。
 私はテーブルの上を軽く片付け、コーヒーを入れようとキッチンに立った。ソファーに座りテレビを観る彼の後ろ姿をぼんやりと眺めながらその小さな幸せを噛み締めていた。
 テレビでは年末恒例のお笑い番組をやっていた。時々彼の笑い声が聞こえる。コーヒー豆をミルしながらテレビの方に目をやると、今年大ブレイクした若いコンビが漫才をしていた。
「……別れよう」
 笑い声に混ざってそう聞こえたような気がした。ちょうどお湯が沸いたのでそれは空耳だったのだろうと思った私は火を止めるのを優先した。
「なんか言った?」
 フィルターをセットし、ドリップしながら一応確認のために尋ねると、
「別れよう」今度ははっきりと聞こえた。
『なんでやねん!』テレビの中で若手芸人の強めのツッコミに爆笑が起こる。
「……なんで?」気持ちの整理がつかないまま、やっとの思いでその一言を絞り出した。彼は答えない。
 テレビから目を離さない彼の肩が震えているように見えた。が、キッチンからではそれが泣いているのか笑っているのか見分けがつかない。
「なんで?」黙っている彼にしびれを切らした私はもう一度聞いた。
『なんで二回言うねん!』テレビから聞こえたそのツッコミが私に言っているようで少しムッとした。
「他に……」
 テレビの笑い声に負けそうな、蚊の鳴くような声で彼が言った。
「ん?」と私が聞き返すのと「他に好きな人が出来た」と彼が言うのは全く同時だった。
「ああそう」二人分のコーヒーをカップに注いだ。彼の方には砂糖を二つ。突然のことに驚きはしたが、ここ最近の彼の言動や態度でなんとなく気付いてはいた。少しだけ覚悟も出来ていた。
 意を決して二つのカップをテーブルに運ぶ。彼の前に置こうとした時、真っ赤な目をした彼と目が合った。たった二三分の間で私達の関係は大きく変わってしまったようだった。
「どうして泣いているの?」
 しかし彼のその涙が、彼の言葉が本気であることを物語っていた。私はコーヒーを一口飲み、もう一度「どうして泣いてるの?」と聞いた。
『だから、なんで二回いうねん!』私の彼の間に流れる重々しい空気と対照的にテレビの中では再び爆笑が起きる。
 もう一度コーヒーに口をつけるとようやく彼が「ごめんな」と口を開いた。
「うん」と私は頷く。
「冷めちゃうから飲みなよ、せっかくいれたんだから」私が勧めると今度は彼が頷いた。
「本当は少し前からそんな気がしてたんだ。最近ずっとそっけなかったでしょ? ラインもすぐ終わっちゃうし。だから今日は久しぶりに一緒にいれて楽しかったんだ」
 彼の表情はコーヒーを飲むカップで隠れていて見えない。
「でもそれも最後だったからなんだね」
 彼がティッシュに手を伸ばす。一度止まった涙がまた溢れてきたようだ。
 私はどうして泣けないのだろう? 本来なら逆のはずだ。どうして振った側の彼がこんなに号泣していてどうして振られる私がこんなに冷静でいるのだろう?
「ごめんなさい」
 彼が涙声でもう一度謝る。私は彼の頭を撫でながら「いいよ」と呟いた。もしかしたら微笑んでさえいたかもしれない。
『もうええわ』お決まりのツッコミとともに若手コンビが揃って頭を下げ、大きな拍手が起きる。「そう、もういいよ」
 コーヒーを半分ほど飲み、私は立ち上がった。恨み言の一つでも言ってやろうと思ったが、泣いている彼を見ているとそんな気も失せてしまった。きっとその一言を私に言うのにたくさん考えてたくさん悩んでくれたのだろう。
「今までありがとうね」上着を羽織り、バッグを持って、結んでいたゴムを取り軽く髪をとかす。私の帰り支度を彼は黙って見ていた。
『もうちょいオチのインパクトが強ければもっと良かったんやけどなぁ』若手コンビの漫才の採点と評価、どうやらいまいちだったらしい。それにも背を向けて私は玄関へ向かった。
「じゃあ元気でね」
 もう彼の方を見ずに靴を履く私の目の前ドアが突然開き、見知らぬ女性が現れた。ぱっちりとした大きな目が私を見下ろす。
「どちら様?」かわいらしい声で彼女が言った。
 
 お後がよろしいようで。


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