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野々小花さん

野々小花(ののしょうか)です。文化教室に通って、書く勉強をしています。

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マッチョ・ビーンの綻び緩び

16/10/19 コンテスト(テーマ):第119回 時空モノガタリ文学賞 【 お笑い 】 コメント:4件 野々小花 閲覧数:750

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 仕事から帰宅すると、響子はすぐにテレビのスイッチを入れた。
 毎週見ているお笑い番組「今と昔をエヘヘと笑う」が、ちょうど始まる時間なのだ。
 オープニングから、番組は賑やかに進んでいく。
 カラフルなセットを背景に、ボケて、ツッコんで、笑いが起こる。演者は楽しそうだ。観覧席の笑い声も聞こえてくる。
 だけど、響子は笑わない。笑うために見ていないし、そもそも、お笑いのことはよくわからない。
 それでも、毎週見ている。この番組以外にも、お笑いと名がつくものは、ほとんど欠かさずにチェックしている。

 子供の頃から、優等生と言われてきた。
 家庭環境が大きかったのだと思う。家族間の会話や、居間で流れるテレビ番組が、やたらとしかつめらしいものばかりだった。
 お笑い番組というものを、当時の響子は見る機会がなかった。
 当然、クラスメイトの会話には入っていけない。
「昨日のコント番組、見た?おもろかったなぁ」
「ほんま、めっちゃ笑ったわ」
 男子たちが、頷きあっている。
「わたしも見たで!マッチョ・ビーンっていうピン芸人目当てに見ててん。テンション高いし、めっちゃ好きやわ」
「ビーンって筋肉多すぎやん!ほとんど裸やし。ムキムキ・ビームとか恥ずかしいわ〜」
 女子たちも加わって、より勢いがつく。
 マッチョ・ビームだか、ムキムキ・ビーンだか、響子にはわからない。わからなくても良い。
 妙なポーズを取って「ムキムキ・ビ〜〜〜ム!!」と声を合わせて叫ぶクラスメイトを、正直、心の中で小馬鹿にしていたのである。

 それなのに、今、響子はお笑い番組を見ている。
 大学進学を機に、東京で一人暮らしを始めた頃からだった。
「昨日のテレビさ、見た?面白かったね」
「ね、面白かったよね。俺、バイトの休憩中にワンセグで見てたよ」
 男子たちが、妙にナヨナヨとしている気がする。
「えっ、お笑い好きなんだー、すごーい」
「私もねぇ、お笑い好きだよー、だれが好きー?」 
 間延びした調子で、女子たちが相槌をうつ。
 一体、何が凄いのだろう。なぜそんなにゆっくりとしゃべるのか。
 なんだか、伸びきった麺をすすっているようで気持ちが悪い。
 東京に来ると地方出身者は、標準語を話すようになる。少なくとも、響子の大学ではそうだった。
 関西出身者は、自らの方言を押し通す我の強い者が多いようだったが、響子のまわりには、元から標準語を話す人間や、遠慮がちで東京色に素直に染まる地方出身者がほとんどであった。
 耳が、なんとなく気持ち悪い。
 標準語が嫌というわけではない。
 ただ、耳が関西弁を欲しがっている。
 一人暮らしの部屋で、何気なく流れてきたお笑い番組で、関西芸人のしゃべりを聞いたとき、それを確信した。
 関西弁を聞くためにお笑い番組を見ているなんて、自分でも変だと思う。
 けれど、安心するのだ。慣れ親しんだ言葉のイントネーション、間合いとテンポ。それから、ちょっとした毒。
 それを笑いに変えることができる、体の奥に染み付いた人間の性質。
 同じだ。そう思うと、安堵感でいっぱいになる。
 まるで、ぬるま湯の中でゆらゆらとくつろいでいるような感覚に浸りながら、響子はお笑い番組を見ているのである。

 そろそろ「今と昔をエヘヘと笑う」のエンディングの時間だ。
 司会者が、番組を締めにかかっている。
 すると突然「ムキムキ・ビ〜〜〜ム!!」という叫び声と共に、男が番組に乱入してきた。
 白髪混じりの短髪で、ほぼ裸体の、やや筋肉質の中年である。
 もしや、という疑念が、響子の中で渦巻く。
 彼は、一発屋であった。
 彼が売れていた頃、響子はお笑い番組を見ていない。だから、ムキムキ・ビーンだかマッチョ・ビームだとかいうピン芸人のことを、響子は知らない。
 初めて見るそのひとは、あまりムキムキではなかった。
 鍛えてはいるのだろうが、年のせいか筋肉の衰えを感じる。全体的に体が緩んでいる感じだ。海パン一丁では、さすがに無理がある。
 響子と同じような感想を、他の芸人たちからも痛烈に突っ込まれている。
「体たるんでるやないか!」
「腹出てますやん!ムキムキちゃいますやん」
「見とって寒いねん!服着ろや!」
 それでも、彼はポーズを決める。子供の頃に見た、クラスメイトと同じポーズである。間違いない。
 気づいたら、響子は笑っていた。
 エヘヘどころか、腹を抱えて、もう勘弁してというくらいに、響子は笑い転げていた。



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このストーリーに関するコメント

16/10/25 葵 ひとみ

野々小花さま、

拝読させて頂きました。
私もたまに心の中の声で、「それ、ちゃうやろ(^▽^*)」と、ツっこんでいる自分がいます(^▽^*)
関西のお笑いの文化と言葉がとても好きです。

16/10/26 野々小花

葵 ひとみさま
コメントありがとうございます。
私もお笑い好きです。ゴールデンタイムよりも深夜番組のほうが肩の力を抜いて視聴できるので、日々よふかしです。

16/11/09 光石七

拝読しました。
厳格な家庭で笑いを知らずに育った主人公を痛々しく思いながら読み進めましたが、ラストで解放されてよかったです。
綻び緩んだのは、主人公の心なのですね。
素敵なお話をありがとうございます!

16/11/10 野々小花

光石七さま
読んでいただきありがとうございます。
笑わない主人公と一発屋のお笑い芸人を書きたいなと思ったら、こういう話が出来上がりました。
私の至らなさを読む力に助けていただきました。コメントまで頂戴し、とても感謝しております。ありがとうございました。

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