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本宮晃樹さん

ふつうにサラリーマンをしております。 春夏秋冬、いつでも登山のナイスガイ。 よろしくお願いします。

性別 男性
将来の夢 魁! 不労所得!
座右の銘 定時帰社特攻隊長

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一億総理系文盲社会

16/10/18 コンテスト(テーマ):第91回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:731

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 さあさあ、とくとごろうじろ!
 ときは二十一世紀中葉、場所は人びとが奔流となっていき交うメガシティ。具体的な地名? そんなこと特定してどうする? もうこの国には〈都市〉しかないってのに。地方は消滅するか都市に昇格するかしたのだ。おわかりかな。
 そのメガシティのスクランブル交差点。耳をすませば男女の会話が聞こえてくる。
「お前血液型なんだっけ」男の顔を見たかい? 品性がすっぽり抜け落ちた典型的下層市民といった趣だ。「B型だよな、確か」
「残念でした。あたしはA型」
「うへ。どおりで」野蛮人は端末に魅入っている。「相性最悪だってよ」
「あーあ。なんであんたみたいなのと付き合ってるんだろあたし」女――あの隈取りを見たかい? あれが化粧のつもりらしいよ――も端末片手にしかつめらしい表情。「どこかにすてきなO型の男、いないかな」
 もちろんこいつらだけが特別脳に欠陥を抱えているだろうと予想するのは理に適っている。必要なら何度でもくり返すけれども、なんといってもいまは二十一世紀中葉なんだからね。ところが注意深く人びとの会話を聞いてみると――。
 そら、あっちじゃいまにも三十坪くらいの猫の額が売れようとしている。未来の地主と不動産屋の営業マンが熱心に値段の最終調整ということらしい。
「ところで地鎮祭はどうされます?」営業マンはハンカチで汗を拭きながら、「弊社提携の神社がいくつかございますよ」
 頼むぞ。頼むからぶくぶく肥った未来の地主さん、一笑に付してくれ。「ふうん、そいつは用意がいいな。神社のリストはあるかい?」だめだこいつ……。
「ここらはむかしから〈気〉がよくないと悪評が立ってるんですが、そこはご安心ください。最高の神主さんに祓ってもらいますから!」
「ぜひ頼むよ」満足そうにまるまると肥えた未来の地主が笑う。一件落着だ!
 だが待ってほしい。たまたまクローズアップした連中が特別に、小学校もろくすっぽ出ていなかっただけということはありうるだろうか? 体裁だけの大卒がはびこる昨今、最終学歴が小卒という人間はまれだろうけれども、十分に広い範囲から抽出すればいずれは必ずそうしたパターンを拾い出すはずだ。偶然そいつを二連続で引き当てちまっただけでは?
 路地の奥に目を転じてみよう。アイロン台もかくやといった安物のテーブルに仰々しい水晶玉、ド派手な紫色のヴェールに身を包んだ中年女性が、厳かな表情で手をさかんに動かしている。その前にはかしこまった若い娘が一人。
「出ました」とエスニック風の女。「一年後、あなたのとなりにすてきな男性が寄りよってます」
 娘の顔が輝く。「ほ、本当ですか。それってもしかして……?」
「恋人か、そうでなくても近いうちにそうなる間柄の親しい男性でしょうね」
「どんな顔ですか。職業は?」
「精悍な顔つきですね。目にたいへん力があります。職業は」エスニックの手はますます激しく水晶玉の周りを飛び回っている。「正社員の責任ある男性」
「すてき」若い娘は両手を組み合わせてうっとりしている。「一年後が楽しみです!」
 なるほど輝かしい未来に期待するのは彼女の勝手だが、こうは考えられないだろうか。つまり目に力のない死んだ魚のような非正規雇用の無責任な男に、この脳みそスポンジ娘が果たして魅力を感じるかという根本的な問題がありはしないか?
 この調子であちこちへ目を転じれば、そこらじゅうで科学が蹂躙され、ないがしろにされ、誰も彼もが興味を失っているばかりか積極的に駆逐さえしている光景に出くわすだろう。連中は守護霊とやらを後生ありがたがり、気を送り込むことによって病気が治ると心から信じており、あげくの果てに放射線はほんの数マイクロシーベルトでも浴びれば即、奇形児がわんさか生まれてきて、白血病になっちまうと恐れおののいているんだ……。
 そろそろこう問いかけるべきときだ。「いったい誰のせいでこんなことになったのか?」
 ごく少数のテクノクラートたちが愚民政策をひそかに遂行し、自分たちのやりやすい世の中に変えちまったのか? その割に教科書から科学的知識が段階的に削除されているようすはない。もう一度言おう。じゃあなぜこんなことになっちまってるのか?
 簡単だ。誰がそんなこと気にする? ボタンひとつを押せば食べごろに温まる機械を前にして、電子のエネルギーが励起されるうんぬんを理解している必要はまったくない。使いやすくて便利なものが売れる。それだけのことなのだ。
 最後にあれを見てもらおう。そらあそこ――廃業したコンビニの跡地に入った〈酵素で健康になる!〉を標榜するありがたい販売店だ。見るがいい、あの人だかりを!
 わざとらしい笑みを浮かべる年齢不詳の女性はこれ以上ないくらい親切だ。「――というわけで酵素食は代謝を改善し、健康的に痩せられるんです!」
 店舗に集う白痴どもから感嘆の声が上がる。「なんてこった。いままで俺たちの食ってた飯はなんだったんだ。毒か? 毒みたいなもんだったのか!?」
 酵素を経口摂取した場合、いったん胃でアミノ酸に分解され、まず期待された効果をおよぼさないだろうという厳然たる事実は特段問題にされていないようだ。
 わざとらしい笑みはいっそう顕著になる。「毒とまでは言わないまでも、限りなくそれに近いと結論せざるをえません。残念ながら」
「よおし」老人の一人が拳を振り上げた。「これで俺たちの老後も安泰だ!」
 これにて恐るべき負の連鎖が成立した。みんなを科学から遠ざければ遠ざけるほど儲かる連中がいる限り、それはみんなから隠され続けるだろう。それによって幸せになれれば――たとえ真実から何光年以上隔たるとしても――誰にも不満はない。
 科学文盲社会、ばんざい!


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