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比些志さん

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芝浜式治療法

16/10/17 コンテスト(テーマ):第119回 時空モノガタリ文学賞 【 お笑い 】 コメント:0件 比些志 閲覧数:510

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クマオは、人もいいし仕事もできるが、底なしの酒好きだ。ゆうべも浴びるほど酒を飲んだ。だれとどこで飲んだのかも覚えていないほど酔っ払い、おかげで今朝は二日酔いで目覚し時計が十回以上鳴っても起きようとしない。妻は業を煮やして、クマオの掛け布団をはがしとった。
「うるせえなあ、オレはねむいんだ………」
さらにさんざん言い訳してズル休みをしようとするクマオを、妻はなだめすかして東京の芝浦にある会社に行かせた。
しかしクマオは二時間ほどで帰ってきた。
「おい、誰かにつけられてねえか?」
玄関のドアを開けるなり、クマオは血相をかいていった。
「誰もいないみたいだけど、どうしたのよ?」
実は、といって、クマオは手に持った革のトランクを見せた。それは、会社に向かう途中の芝浦の運河で見つけたトランクであり、拾い上げて中を見てみると金地金がザクザクが入っていたというのだ。
「これはきっと天の助けだ。これで当分暮らしは楽になる。もうオレは仕事もやめるぞ。よしこうなったらさっそく仲間を集めて宴会だ」
すぐに高級料理店からワインやシャンパン、キャビアにローストビーフが自宅に運ばれてきた。そしてクマオの飲み友達もこぞって現れ、平日の朝っぱらからランチキ騒ぎ。クマオはお酒を浴びるほど飲んでまた眠ってしまった。

目が覚めたら妻が怖い顔をしている。
「早く起きて。もう朝よ、会社に遅刻するわよ」
「うるせえな。オレは会社なんてやめるんだ。オレには金の財宝がたっぷりあるんだし、そうだ、トランクは?金地金は?」
「何いってんのよ。トランク?、金地金?いったいなんのことよ。どーせ夢でも見たんでしょ。昨日も休んでるんだから、早く顔を洗って会社に行かないとほんとうにクビになるわよ」
「え、えっつーあれは、全部夢だったの?ってことは仲間と宴会をしたのも夢?」
「それはそれ、都合よく夢にしないでよ。会社さぼって、昼間からあんな豪勢な料理を食い散らかして。いったいいくらの請求がきてるかわかってる?」
「スマン、ほんとうに申し訳ない。約束する。酒はやめる。これからは仕事一本やりでがんばる」

それから、クマオは約束どおり酒をやめ、人が変わったように真面目に仕事にせいを出すようになった。そして三年後の大みそかの晩、ようやく家の大掃除もおわり、夫婦水入らずで紅白歌合戦を見ながらのんびりしていると、妻が奥のほうから革のトランクを出してきた。
「おぼえてない、このトランク?」
「どっかで見たような。でもおもいだせねえなあ」
「三年前、あなたが通勤の途中、運河で拾ったっていう革のトランクよ。ーーー金地金が入ってた」
「でも、あれは夢だろう?」
「ちがうの、私が、夢ってことにしたの。あれは、ほんとうにあったできごとなのよ」
「えっつーそうだったのお!」とクマオは素っ頓狂な声をあげた。「どーりで、あんなに最初っから最後まではっきり覚えている夢は見たことねえっておもってたんだ」
それから妻はあやまった。そして、あのまま金に手をつけたら、クマオはきっと犯罪に巻き込まれるか、自滅するかのどっちかだろうと考え、クマオが酔いつぶれている間にトランクごと警察に届け出し、そして、一年後に落とし主が現れないため、自分たちのものになったことを告白した。
クマオは怒ることなく妻の話をきいたあと、自分がこうして更生できたことに対して妻に心から礼をいった。
「よかった、ほんとうは殴られるんじゃないかと覚悟してたのよ。あなた、今日は久しぶりに飲みましょう!」
といってクマオが好きな赤ワインのボトルとグラスを差し出し、ワインをなみなみとグラスに注いだ。
「おっつ!ボンヌマールじゃねえか、この芳醇な香り、しかも除夜の鐘を聞きながら飲めるなんて、最高な気分だ。ーーーしかし、やめとくかな、またーーー夢になったらこまるしな」
妻は涙ぐんでいた。が、妻のおもいはクマオの心に届いていなかった。
「けど、いっそ、夢なら夢でいいか。人生そのものが夢みたいなもんだしな。えーい!飲んじまえ」
あんた!という妻の悲痛な叫び声にも耳を貸すことなくクマオは一気に赤ワインを飲みほすと、そのまま幸せそうにイビキをかいて眠ってしまった。
その様子を腕組みしながらにらみつける妻は舌打ちして、しみじみぼやいた。
「あーあ、またじゃない。もう勘弁して。いったい何回おんなじ芝居をやらす気かしら。もうほんとうにバカバカしくて笑うしかないわ!」
クマオのアルコール依存症を直すために通い始めたはやりの心療治療医は、家族参加型のお笑いと無理のない断酒アプローチを融合する最新の催眠治療をウリにしていた。その中で彼が自信をもってすすめる最強治療プログラム「芝浜」だったが、クマオの治療は最後の最後のところでまた振り出しに戻ってしまった。了


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