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本宮晃樹さん

ふつうにサラリーマンをしております。 春夏秋冬、いつでも登山のナイスガイ。 よろしくお願いします。

性別 男性
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笑っていますか?

16/10/13 コンテスト(テーマ):第119回 時空モノガタリ文学賞 【 お笑い 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:512

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 終始ぎすぎすしている職場から命からがら脱出し、ふらつきながら薄汚いくそったれビルをあとにした。ストレスが臨界に達している。営業なのにもかかわらず誰も電話に出ない、以前より明らかに仕事量は増えているのに業績は下降線を辿る、ライバル会社どもはこぞって料金を下げ続けて業界全体を自滅へと導く。いったいなにに救いを求めればよいのか?
 こういうときはもちろん、ムードオルガンの出番だ(当たり前だがこれは例のばかでかい楽器ではなく、皮下インプラント装置である。なぜこんな名前なのかは寡聞にして知らない)。漫喫で個室をとって小一時間ばかり〈ハッピー〉モードにダイヤルを合わせれば、この益体もないいらいらを帳消しにできるだろう。
 一軒めを当たってみた。オープン席まで満杯だった。二軒めもご同様。おりしも金曜の夜とあって、この街のビジネスパーソン全員が一週間たまりにたまったストレスを解毒しているものとみえる。
 五軒めが二時間待ちだと判明したとき、路上でなにやら声を張り上げている若造たちがいるのに気づいた。気もそぞろにふらふらそっちへいってみると、なれなれしく若造の一人に肩を抱かれる。
「お兄さん、ちょいとのぞいてかないかい?」
 ビラを手渡された。〈有志によるお笑いライブ〉とある。「いまどき流行らないと思うけどね」
「まあまあそう言わずに」
 ところでこいつはさっき、わたしのことをお兄さんと呼んでくれたな。それにどうせ漫喫には入れそうもない。「ちょっと見てみようかね」

     *     *     *

ムードオルガン皮下埋め込み手術とは?
 人間の感情が脳の神経核から分泌される化学物質によって惹き起こされることは、つとに知られていました。古くは麻薬や覚醒剤と呼ばれるドラッグが使われていたようです。
 翻って現代では作用機序を明確にした安全な感情操作技術が確立され、日常生活に悪影響をおよぼしかねない旧弊的ドラッグを一掃しました。扁桃体、松果体、下垂体、精巣、卵巣など、ホルモン分泌細胞の詳細は明らかになっています。
 こうした細胞に働きかけ(具体的な流れは「ホルモンフィードバック機構への介入」を参照)、ホルモン分泌とレセプター感受性操作によって、望むタイミングで望む感情を得られるようになりました。
 ムードオルガンとは上記のような作用機序を担う機械を皮下に埋め込むことによって、遠隔操作による感情コントロールをリアルタイムで可能にした革新的技術となります。
 施術に先立って医師との面談、注意事項の説明、お見積りの提示ののち、契約となります。手術は一時間以内に完了するため、契約日に即埋め込み可能!
 ストレス社会と呼ばれて久しい昨今、ムードオルガンなしの生活は普段着で南極にいるようなもの。この機会にぜひお考えください。
 ――株式会社 アンドロイドの夢 HPより抜粋

     *     *     *

「今日は本当にありがとう」みすぼらしい舞台には若造が二人きり。安っぽいパイプいすが哀愁を誘うものの、それなりに集客できているようだ。「ひとつだけお願いがあります。これから一時間だけ、ムードオルガンはオフにしてもらいたい」
 会場にどよめきが走った。〈笑気〉モードにしないまま漫才を見るだって? どうやって楽しめばいいんだ?
「お笑いはホルモンで楽しむものじゃない。なんていうか」若造は目を強く閉じて、「魂で! 魂で理解するものだと思う」
 わたしを含む観客のほぼ全員が不安に駆られ始めた。無料だというからほいほい釣られたものの、もしやこれは新手の自己啓発セミナーでは?
「難しいことはここまで。とにかく今日はぼくらの漫才で少しでも笑ってほしい。それだけです」
 めいめいがいろんな反応を示している。カモにされちゃ敵わんとばかりに逃げ出す者、どんな手で俺を/あたしをだますのかお手並み拝見とばかりに腕を組む者、そしてダイヤルを回して――おそらく〈笑気〉から〈ニュートラル〉に――期待を膨らませている者。
 若造二人組はにこにこしながら反応をうかがっている。と、だしぬけに照明が落ちた。わたしは反射的に〈ニュートラル〉へダイヤルを合わせていた。
 漫才が始まった。研究はしているのだろうが素人の域を脱していない(そもそもプロの漫才師なんてものはムードオルガンによって駆逐されて久しいが)。粗が目立つ。えせ関西弁のせいでイントネーションにも違和感がある。一銭にもならない活動の割にがんばっていることは認めよう。それでも人さまに見せられるクオリティでは決してない。
 しかし……しかし! わたしはついに吹き出した。周りからも控えめな笑い声がぽつぽつ聞こえてくる。忘れていた。これが「笑う」ということなのだ。
 こいつらはまちがいなく三流だ。
 だが人生に対する姿勢は……?


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