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カトリセンコウ

16/10/10 コンテスト(テーマ):第118回 時空モノガタリ文学賞 【タイムスリップ 】 コメント:0件 ケイジロウ 閲覧数:584

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 秘書の駿介が、加奈子のために昼食のかき揚げ丼を運んで来た。トレーの上にはかき揚げ丼の他に、足りていない栄養を補うためのサプリメントが数種類載っていた。
「ありがとう」
加奈子の勤める某旅行会社の社員食堂には、その時、5,6人が、無菌の白い壁に向かってそれぞれ腰を下ろしていた。それぞれ何かを口に入れながら、それぞれの秘書と何か話をしていた。秘書と言っても人間ではない。ロボットである。そして、秘書と話をしているのではなく、そのロボットを媒体として、いろんな人と話をしているのだった。
 秘書の駿介が、
「加奈子さん、お母さまが話したがっていますが、いかがいたしましょうか?」
 と、渋い声でひっそりと訊いてきた。ロボットの声は、音量だけでなく、自分の好みに合わせた声を選ぶことができる。
「ん〜、今ちょっとお母さんとしゃべりたくないなあ。メッセージだけ受け取っといて。」
「わかりました」
 加奈子はサプリメントを飲み込みながら、周りを見渡した。同じ課の人間も何人か混じっていたが、別に急ぎで話すことなどない。何かあったら、いつでもどこでも、駿介を通して話せるし、と加奈子は思った。
 加奈子は、駿介にトレーを渡すと、今企画中のツアー旅行のことを考えた。今日中に提出しなくてはならないのに、まだ具体的な段階にまで行けていなかった。
 しかし、<2016年にタイムスリップ>というテーマに、加奈子は決めていた。2016年は加奈子が生まれた年であった。加奈子が生まれてから、様々なものがこの世に生まれた。そして、様々なものがこの世からなくなった。なくなっていったものを加奈子はその時代にもどって見てみたかった。
 そうだ、<雑草鑑賞ツアー>なんってのはどうかしら、と加奈子は思いついた。「夏の初めと夏の終わりの二回は、必ず草刈りをしていたのだよ」とおばあちゃんが話していたのを加奈子は思い出した。加奈子は植物園にある人工の雑草しか見たことがなかったのだ。
 駿介がコーヒーを持って戻って来た。加奈子は、コーヒーを受け取ると電子煙草を口にくわえた。
「ねえ駿介、どれくらいの人が『雑草』に興味があるか、アンケート調査してくれる。そうね、20代を対象に一万人くらいで。」
「わかりました」
 と言い終わると同時に、駿介の顔にある液晶画面に映された、「興味あり」の数字に反応があった。「興味なし」にも反応があった。3分後には一万人からの回答が揃った。実際には、一万人それぞれの秘書が回答していて、それがこのスピードにつながっていた。それぞれの秘書は、それぞれのご主人様の嗜好を熟知しているため、非常に参考になるデータであった。
 結果は、「興味あり」が64.3%を占めた。
「男女比は?」
 液晶画面に、「女性97.4%」と出た。
 なるほど……もしかしたら、雑草を「無駄」と決めつけて、この世から無くしてしまったのは、男なのかもしれないわ、と加奈子は考えた。草取り体験、鎌の使い方講座、草刈り機競争、四葉のクローバー探し、テントウムシ探し……加奈子は思いつくままにアイディアを駿介にぶつけた。土、風、虫、太陽、花、そこらへんが広宣のキーワードになってくるわね、加奈子のアイディアは徐々に形になっていった。
「駿介、これで企画書作って提出しといて。あっ、提出前に一度私にみせてね。」
「わかりました」
 電子煙草にスイッチを入れると、そうじのおばさんが近くにいることに加奈子は初めて気が付いた。そうじのおばさんはニコニコしながら加奈子を見つめていた。生身の人間に笑顔を向けられることなど滅多にない加奈子は動揺した。こんな時にどうすればいいのか加奈子は知らなかった。
「そのツアー、私、参加したいわ。」
 そうじのおばさんは80歳くらいだろうか。
「あの、おばさん、『線』とか『顔本』とか『つぶやき』とか何か持っていますか?」
 と加奈子は返事をした。するとおばさんは寂しそうな顔をして、
「えーと、なんて言えばいいのかしらねぇ……。私はね、あなたが雑草に目を付けたところに、えーと、そうね、可能性かしら、そう、可能性を見出しなの。ん〜、でも、無理だったようね。あっ、私、仕事にもどらなくちゃ。ごめんね。」
 おばさんはそそくさと立ち上がった。しかし、一旦去りかけた足を止め、加奈子を見た。
「あっ、2016年に着いたらね、『蚊取り線香』っていうものを買った方がいいかもしれないわね。うふふ。」
 カトリセンコウ……、なんだろう、それ?
 加奈子は駿介を呼ぼうとしてやめた。
 今夜はおばあちゃんの家にでも行こう。そして、「カトリセンコウ」がなんなのか聞いてみよう、加奈子はそうじのおばさんの背中を見ながら、そんなことを考えた。


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