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浅月庵さん

笑えるでも泣けるでも考えさせられるでも何でもいいから、面白い小説を書きたい。

性別 男性
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優しさは犠牲の香り

16/10/10 コンテスト(テーマ):第120回 時空モノガタリ文学賞 【 平和 】 コメント:0件 浅月庵 閲覧数:746

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 神林は自分の時間や労力を厭わず、校外のボランティア活動に精を出している。
 彼女はそういう人間特有の香りを放ち、その匂いを好む狡猾な奴らは、神林を使えそうな奴と判断した。俺はそれが許せない。
 
 ◇
 関谷は神林の人の良さにつけこみ、掃除当番を押しつけて帰ってしまう。用事があるなら仕方ないよと、神林は嫌がる素振りも見せず、満面の笑みを浮かべた。いつもこうだ。

「俺らも帰ろーぜ」
 今週の掃除当番は柿崎たちの班だというのに、彼らも身支度を始め出した。俺はこいつらの身勝手さにいよいよ我慢ができなくなり、柿崎に詰め寄る。
「なにサボろうとしてんだ。頭湧いてんのか?」
「俺らも用事あるんだ。神林さん、これって仕方ないよね?」
「うん。私がやっておくから大丈夫だよ」
「ありがとー! 神林ちゃんマジ天使♡」

「ふざけんな!」俺が柿崎に掴みかかろうとすると、反対にボディーブローをお見舞いされた。息苦しさでうずくまる俺の耳元で、柿崎が囁く。
「牧田さ、神林ちゃんのこと好きなんでしょ? 二人きりになったら告白のチャンスじゃん」
「……」
「でも神林ちゃん超優しいからさ、フラれたとしても……頼めば一発ヤらせてくれそうじゃね?」
 その一言で一気に頭に血が上った俺は、しゃがんでいる柿崎の足を引っ張って転ばせ、後ろから首に腕を回す。
「おい! マジでヤバいって」柿崎が掠れ声で俺の腕をタップするけど、俺は怒り狂ってるのでやめない。柿崎の連れたちも騒いでいるけど、俺はなにも聞こえないのでやめない。

「牧田くん駄目! 死んじゃうよ」
 神林の声だけが唯一、俺に届く。その一言で途端に冷静になると、腕の力が弱まった。柿崎は慌てて俺の首絞めから脱出する。
「本気で殺そうとするとか、お前こそ頭湧いてんじゃね?」
 柿崎は捨て台詞とともに、他の奴らと教室を後にした。

「……牧田くん、人を傷つけちゃ駄目だよ」
 先に殴ったのはあいつなんだけど。
「なんでもかんでも神林に任せようとするからだろ」
「私、人が喜んでるところ見るの好きなんだよね」
 なんだかその発言は、一種の危うさすら感じる。
 
 ◇
 ーー教室に、俺と神林の二人きり。
「あのさ、いい加減みんなの言いなりになるのやめた方がいいぞ」
 俺は神林を説得しようと試みるが、彼女は強情だ。
「牧田くん、誤解してるようだけど。全部私が望んでやってることだからね」
 強がるなよ。ここまで他人にこき使われて我慢できるはずがない。いつも他人から迷惑を被って、心から笑えているはずがない。

「なんでそんなお人好しなわけ。ハハッ、もしかして他人の幸せが自分の幸せとか思ってる?」俺は茶化しながらも、恐る恐る確信に迫る。
「うん、思ってるよ」
「……へ?」予想外に即答だったので、俺は思わず変な声を出してしまった。

「他人への思いやりは巡り巡って必ず自分に返ってくるし、それでいつか戦争のない素敵な世界になるって信じてる。だから私は、些細なことでも困ってる人がいれば、なんでもしてあげたいって思うよ」
 そんな偽善を真顔で、しかも神林の口から零れるとなると、俺は笑えない。その真剣な眼差しは純粋な想いからくるもので、神林は心の底から関谷や柿崎の幸せすらも願っているのだろう。神林の言葉と、日頃から見せる自己犠牲の精神が、俺のなかで合致した。

 俺は足元が泥になり、沈んでいくような感触を覚える。

「悪いけど、」
「ん?」

 お前の望む理想の世界なんて、絶対訪れないぞ、現にさっきだって柿崎に俺は殴られ、俺は柿崎の首を絞めた、こんな身近なところにも暴力が蔓延っているのだ、世界中の人々が幸せに、なんて絵空事のためにお前がこれから他人に搾取され、汚されていくのなんて見たくない、お前なら好きでもない奴のために股くらい開いてしまいそうだ、それってただの喰い物だぞ、いっそのこと俺がお前を粉々に砕いて、擦り潰して、風に乗せて、養分になることもなく、再び輪廻転生することもなく、魂もろとも掻き消してやろうか、お前がどれだけ頑張っても報われず、この世界に絶望しながら傷ついていってほしくない、それならいっそのこと俺がお前を、

「でかすぎだな、その夢」
 だけど俺は握りかけた拳を引っ込め、涙を流すことしかできない。
「牧田くん、どうかした?」神林が俺の頭を撫でて悲しそうな顔をする。俺はいてもたってもいられなくなって、思わず彼女を抱きしめてしまった。「お腹痛い?」

「いや……大丈夫だよ」
 俺に抱きしめられても抵抗せず、黙ってそのままでいる神林。

 俺の鼻に、神林の制服から香る甘い柔軟剤の香りが届く。
 なんだかんだで結局、俺だって神林の優しさにつられた、ずるい人間なのだ。

 ……だからお前の望みはやっぱり、到底叶うはずないぞ。


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