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Fujikiさん

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コンビ解消

16/10/09 コンテスト(テーマ):第119回 時空モノガタリ文学賞 【 お笑い 】 コメント:0件 Fujiki 閲覧数:451

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 進学のため島を出て一人暮らしをはじめた時、内心ほっとしたのを憶えている。認めたくはなかったけれど、一番の理由は毎日兄の顔を見なくてすむことだった。
 兄が嫌いなわけではない。ずっと兄の収入に頼って生活してきたし、高校三年生になってからの一年間はアルバイトを辞めて受験勉強に専念するのを許してくれたわけだから、むしろ感謝しているくらいだ。ただ、僕と兄には似ている部分がほとんどなかった。十歳年が離れているためか共通の話題に乏しく、話が続かない。兄は昔から言葉数の少ないほうだったから会話がなくても気にならない様子だったが、僕は黙って兄と顔を突きあわせていると居心地が悪かった。その上、父親が違うせいで外見すら似ていない。鼻の形が同じだとか、家で電話に出た時に声を間違えられるとかいうことがあれば少しは兄弟らしさを実感できるのだろうけれど、あいにく僕たちは誰の目にも赤の他人同士にしか映らないようだった。二人を結びつけているものはかつて同じ母親を共有していたという偶然のみであり、たまたま経済的な事情で同居しているだけ――心のどこかで、そう割り切って考えるようになっていたことは否定できない。
 だから実家にいる兄から結婚するという連絡があった時にも祝福する気持ちは湧いてこなかった。恋人やセックスについて兄弟で話す機会が皆無だったので、兄の恋愛事情に関心を持ったことがない。義姉となる女性とも会ったことはなかった。
「結婚したらここで二人で暮らそうと思ってる。お前の部屋、荷物押し入れにしまって使っていいか?」
「荷物って参考書と着れなくなった昔の服くらいだろ? 大事な物は全部こっちに持ってきてあるし、そっちで判断して捨てていいよ」
「そうか……悪いな」
 電話一本で僕は故郷をなくしたのだと、後になって気がついた。生まれ育った場所に僕をつなぎ止めていた物理的なよすがは、もはやすべて失われてしまったのだ。今後島に戻ることがあっても、僕は兄の家の客として迎えられることになるだろう。歩いてきた橋が背後で燃え落ちるみたいに過去とのつながりが断たれていくのは不思議と身が軽くなる思いがした。帰るべき家がないからこそ、今いるこの場所が家になる。「ない」という否定辞が指し示すのは虚無ではなく、あらゆる可能性を秘めた自由だった。兄は僕から故郷を取り上げることで「ない」という名の自由を与えてくれたのだ。
 兄の電話からほどなくして、人気絶頂だったお笑いコンビが解散してソロ活動に専念するというニュースをネットで知った。兄が好きだったコンビである。M−1グランプリの決勝に初登場した時から、出演するテレビ番組をすべて録画して熱心に応援していた。コンビのうちの一人が島出身の人間だったから、地元の甲子園出場校を応援する時のような心持ちだったのかもしれない。僕自身はお笑いがあまり好きではなかった。部屋で勉強中、お笑い番組を見ている兄の馬鹿笑いが居間から聞こえてくると耳をふさいだ。教養のなさを堂々と見せつけられているような気がしたのだ。勉強しろと僕に言うわりに自分で本を手に取ることのない兄のことを恥ずかしいと思っていた時期もある。
 ツイッターやネットの掲示板ではまことしやかにコンビの不仲説が飛び交っていた。でも、不仲という表現はちょっと違うと思う。漫才コンビはあくまでビジネス上のパートナーである。舞台上で親友同士のように振舞っていても、普段の生活において本当に仲がよくなくてはならない必然性はない。仕事を得るために必要であれば、互いに不満を抱えながらもコンビを続けることは可能だと思う。不愉快な同僚にうんざりしながらも会社員が離職しないのと同じように。漫才師がコンビを解消するのは相方の存在に頼らなくてもやっていける新しい業務形態を見つけた時であるはずだ。
 実際、以前からこのコンビはバラエティ番組の司会やドラマ出演などいわゆる「ピン」での仕事が多くなっていた。中高生の間には二人が漫才をしていたことを知らない者も多いらしい。世間の人間がコンビ解消を惜しむのは自由だが、仲がよいから一緒にいて仲が悪くなったから解散するという感情論はあまりにも単純すぎる。少なくとも僕と兄との間には深い親愛の情も激しい憎悪も存在しなかった。
 婚姻届を出した報告のつもりなのか、兄は一度だけ小包を送ってきた。差出人は兄とその妻の連名。中身は義姉の手作りらしきサーターアンダギーとインスタント食品と実家のアパートに置いてきた冬物のジャケット数着。手紙はなし。言葉がなくてぶっきらぼうなところがいかにも兄らしかった。この街に来てからできたガールフレンドにサーターアンダギーを食べさせたら固めのドーナツみたいだと言った。
 昔の感傷に浸る暇もなく、僕は今この瞬間を精一杯生きている。大学生活は来年終わるが、帰省の予定はない。


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