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ドーンヒルさん

趣味は、読書,旅行,写真です。 主に、純文学系の作品を書きます。 よろしくお願いします。

性別 男性
将来の夢
座右の銘 苦しむこともまた才能の一つである               フョードル・ドストエフスキーより

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旅人の告解

16/10/04 コンテスト(テーマ):第118回 時空モノガタリ文学賞 【タイムスリップ 】 コメント:0件 ドーンヒル 閲覧数:447

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 千九百九十九年十二月二十四日は、思考のタイムスリップを何百回繰り返しても、必ずたどり着く終着地である。人生の終焉をカウントダウンし始めて、まもなく十年が経とうとしている。社会から隔離された空間において、唯一の話し相手である定年間際の刑務官が与えた宿題の答えを見つけたのは、つい昨日のことである。
 午前八時十二分、山手線車内で殺傷事件発生。犯人は、ナイフを振りかざして、次々と乗客を切り付けた。車内に飛び散る生々しい血と、悲鳴。化け物のような笑い声がそれらを掻き消そうとしていた。最後に刺されたのは、母親の無惨な姿を見るなり、泣き始めた幼稚園児だった。
 犯人は、近くにいたサラリーマン数人によって取り押さえられ、渋谷駅で警察官に引き渡された。普段の通勤客に加え、相当な数の野次馬が群がって大変な混雑になっていた。犯人は、皆に向かって、不気味な奇声を浴びせ、笑顔を浮かべた。憤りの蔓延していた構内が、咄嗟に、恐怖と不可思議で包まれ始めた。
 「なあ、兄弟よ」
 私は、知らず知らずのうちに、犯人に掴まれ、あの不気味な笑い声を耳にしていた。
 「誰ですか」
 なんとか問いをひねり出して、犯人との距離を少しでもとろうと、必死になっていた。
 「聞くまでもないだろう。私は、あなた自身なのだから」
 犯人は、常に冷静であり、私を罪の世界に引きずろうとしていた。
 「私が、殺人なんて、犯すわけない」
 私は、犯人の顔を力強く睨んだ。最後の望みを捨てきることが出来なかった。犯人は、にやりとして、教師のような口調で話し始めた。
 「それでは、十七年前に戻ってみるかね。君が単なる傍観者であったのか、それとも、いや、これ以上は止めよう。旅立ちは恐らく二、三日後、今回ばかりは少し長くかかるはずだ。その前に決着をつけようじゃないか」
 私は、再び犯人に腕を引かれた。あの日に戻るまで、数秒とかからなかった。

 いつになく、寒さを感じる朝である。身支度を済ませて、リビングに向かう。空になったビール瓶が辺りを埋め尽くし、幾つかは、粉々に砕けている。
 「おや、今日もお出かけかね」
 酒に強く、滅多に酔わなかった父も、私の人生の歯車が狂い始めた頃から、毎晩夜通しで飲み続けているため、まともな会話が出来ないばかりか、癌の闘病を打ち切り、余命幾ばくもない状況になっている。
 「頑張って。父さんはいつも応援しているから」
 「ありがとう。安心して。今日で、全て終わらせるから」
 父は、ただにこりとする。私は、一度、父の手をしっかりと握りしめ、台所に向かう。包丁を取り出して、鞄に仕舞う。
 「行ってきます」
 玄関を出るなり、一面の銀世界に目を奪われる。
 「まだ、戻れるぞ」
 二十年前の父が、笑顔で手を振っているように見える。一塊の雪をすくってみる。父の姿が、鮮明に蘇ってくる。目尻から、涙が溢れそうになる。
 「ごめんなさい。昔の僕は、もういないんだ」
 私は、思い切り雪を地面に叩きつける。
 十分ほど歩いて、目白駅に到着する。山手線は、ちょうどラッシュの時間で混雑している。隣に立っている男性の様子を伺う。ツイードのジャケットに、デニムのパンツ、といった出で立ちで、カフカを読んでいる。申し分ないと感じる。鞄に手をかける。
 「ごめんなさい」
 私は、鞄から包丁を取り出す。心臓に向けて、一突きする。男性が倒れるのを確認すると、隣の女性に狙いを定める。乗客たちの叫びと共に、ある子供の泣き声が響き渡る。
 「おかあさん」
 私は、子供を宙に持ち上げて、頭に一撃を加える。ぐったりとして、腕から落ちる。
 
 あっという間の二十五年だった。裕福ではなかったが、その分、親から受ける愛は深く感じられた。
 お父さん、僕は一生懸命頑張ったよね
 どうして、普通にすらなれなかったんだろう
 人より大層努力したのに全てを失った
 お父さんを駄目にしてごめんなさい
 刃は、自分に対して向ければよかったんだ
 最後だけは、笑っていいのかな

 はっ、と目を覚ます。老刑務官が、私の傍に腰かけている。
 「よく寝られましたか」
 刑務官は、いつものように、冷静な口調で話し始めるが、なんとなく落ち着かない様子である。
 「いよいよですか」
 私は、立ち上がり、刑務官の肩に手を置く。
 「お世話になりました」
 刑務官は、次第に表情を崩し始める。父のような優しさに甘んじることが出来るのも今日が最後なのだと悟る。
 私は、刑務官と共に歩み始める。
 「戻ってくるときは、きっと、真面な人間になっています。お願いですから、最後くらい笑ってください。旅立つまで、泣くのは待ってください」
 そう言い残して、一人、足早に刑場へ向かう。 
 
 お父さん、あなたの世界には行けないけれど、僕は晴れやかです。
 


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