1. トップページ
  2. 神代の爆弾

浅月庵さん

笑えるでも泣けるでも考えさせられるでも何でもいいから、面白い小説を書きたい。

性別 男性
将来の夢  
座右の銘  

投稿済みの作品

0

神代の爆弾

16/10/02 コンテスト(テーマ):第119回 時空モノガタリ文学賞 【 お笑い 】 コメント:0件 浅月庵 閲覧数:759

この作品を評価する

 ◇
 養成所時代からずっと一緒だった室井がこの世界を諦めて地元に戻るというので、僕たちのコンビは解散した。約五年間の命だった。

 ーー数日前から僕はピン芸人。
 喫茶店で一人ネタについて悩んでいると、目の前の椅子へ勝手に腰を下ろす男が現れた。
「うわ、びっくりした!」
「うわ、びっくりした!じゃねーよ。リアクション寒すぎ」
 男は苦笑いを浮かべる。こいつの名前は神代。同じ養成所出身で同期だ。

「集中したいから向こう行けよ」
 僕がペンを握り直すと、ノートが強引に引っ張られる。
「あるあるネタやろうとしてんの?」
 神代は番組プロデューサーのごとく偉そうに、僕のネタ帳のページを捲る。
「勝手に見んなよ」
「O・P・Q・R! あるあ〜る!っていう掛け声でやんの? 動きとかつけて? ちょっとそこでやってみてよ」
 いちいち腹立つな、こいつは。
「向こう行けって」
「おいおい、そんなカリカリしなさんなよ。せっかく良い話持ってきてやったのにさ」
「はぁ? お前が僕に良い話? なんだよそれ」
 神代が一呼吸置いて口を開く。

「俺とコンビ組もうぜ」
 どこが良い話なんだよ。

「絶対無理」
「俺とお前ならテッペンとれるって」
 どこから湧いてくるんだ、その自信は。こういう態度のデカい奴は、自分は周りと違う特別な人間だと思っている。そういう奴が僕は一番嫌いだ。

「なにがテッペンだよ。第一、お前養成所出てから何回コンビ解散した?」
「んー、九回裏かな」
「なんだよ九回裏って、裏いらねーだろ。野球かっつーの」
「どいつもこいつも俺の豪速球受け止めてくんないんだよ」
「お前のはただのノーコンピッチングだろ。行き当たりばったりな生き方してっから誰もついてこねーんだよ」
「え、なに? 行き当たりバッテリー組もうって? 野球好きだね〜」
「誰もそんなこと言ってねーし。お前とは永遠に言葉のキャッチボールできないわ」
「おー! また野球に絡めますか、さすがですね〜」
「おめーが変な方向に話を投げるからだろうが」
「おぉっと、バッター。これは痛そうだぞ。大丈夫か? ゆっくり一塁に駆けていく」
「さりげなくデッドボールしてんじゃねーよ。やっぱノーコンじゃねぇか」

「……くっ、ハハッ!」突然、神代が笑い出すので、僕は冷静になる。なんだ、こいつ。なに笑ってんだよ。
「なんか今の、漫才みたいでしたね」目線を横に向けるとそこには笑顔のウェイターさんが立っていて、テーブルにコーヒーを置く。「ご注文のお品です」

 僕は途端に恥ずかしくなり、頭を掻き毟る。なんだよ、これ。まんまと神代にノセられて、合わせちまったのか、僕は。

「……毎日人を笑わせないと、死ぬからお前」
「はっ?」
「今お前に爆弾埋め込んだから。常に周りの人笑わせないと、爆発するからな」
「意味わからん」
 神代が真剣な表情で僕の目を見る。
「意味なら俺とコンビを組めばわかる。一緒にやろうぜ、お笑い」

 ◇
「……っていうのが、天才芸人の俺と凡人代表の西くんがコンビを組んだきっかけなんですよ〜」
「前フリ長っ! てか、僕ほとんど喋ってないけど大丈夫? これ」
「よっ! 給料泥棒! お笑いニート! 家賃二万五千円風呂なしトイレなし彼女なし!」
「おいおい、なんにもないじゃねぇかよ」
「たった一つ、お前にも素敵なもんがあるじゃないか」
「おっ、褒めてくれんの? 一体なんだよ」
「俺っていう最高の相方」
「いい加減にしろ」
 僕は神代の頭を叩き、どうもありがとうございましたと声を揃える。

 ーー神代がなぜ、僕と出会うまでに九回もコンビを解消したのか。

 こいつは笑いにストイックだった。全然、適当な人間じゃない。掛け合いの間やテンポなどにも一切妥協しなかった。僕は何度も指摘を受け、反対に僕も神代に意見する。今までのコンビは完全に神代の独裁政治だったようで、ここまで食い下がってきた奴は初めてだと神代に言われた。俺の見込んだ通りだと、偉そうに言っていた。

 ……当たり前だろう、僕はお笑いが好きなんだ。今までの神代の相方みたいに逃げ出す気なんてさらさらない。僕は僕をこんなところで終わらせるつもりもないし、上を目指すなら、いちいち相方のダメ出しに凹んでる暇なんてないのだ。

「西、お前このネタ台詞少ないくせに噛んだだろ」
「お前のテンポがいつもより早いんだよ、ちょっとは合わせろ」

 ーー僕が人を笑わせることに興味がなくなってしまったら、そのときは紛れもなく芸人生命は終わりだ。神代の言っていた通り、僕は死ぬ。
 ただ、あの日僕に埋め込まれた爆弾は、こいつといる限り爆発することはないだろう。


 ……無数に入り混じるお客さんの笑い声と拍手のシャワーは、しばらく鳴り止むことがなかった。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン