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待井小雨さん

待井久仁子というペンネームで「小説&まんが投稿屋」というサイトで、童話やホラーやよくわからない物語を投稿しています。 ご興味を持っていただけたら、よろしくお願い致します。

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時をすべる雪だるま

16/10/01 コンテスト(テーマ):第118回 時空モノガタリ文学賞 【タイムスリップ 】 コメント:0件 待井小雨 閲覧数:670

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 中学二年の夏にいなくなったクラスメイトの事が、どうしても忘れられない。転校していった彼女を、僕は好きだったのだと思う。
 一年生の時からクラスと委員が同じ彼女とは、友人として良好な関係を築いていた。けれど饒舌な方でもなく、不器用で臆病な僕には、夏の陽のようにまばゆいばかりの彼女に想いを告げられなかった。
 窓ガラス越しの冬空を見上げて溜息を吐く。灰色の曇天には、いつの間にか白いものが漂い始めていた。彼女がいなくなって数ヶ月の時を思い悩むばかりで無為に過ごした自分が不甲斐ない。
 あの時、せめて――せめて何か出来なかっただろうか。今更気持ちを伝えたいなどと思ってももう遅い。伝えるなら、彼女のいる時でないと意味などないのだから。
 翌朝、手すりに積もった雪を小さくまとめ上げ、ある物を埋め込んで雪だるまを作った。
 ほんの小さな雪の結晶ほどの勇気でもあれば、この気持ちを渡せたかもしれない、と思いながら。



 夜、雪だるまはぱちくりと目を覚ます。几帳面な造り主のおかげで目も手もあった。ハンカチでマフラーまで作ってある。これはずいぶんと大切な気持ちが込められてしまった、と雪だるまは手すりをぴょこぴょこと跳ねた。そして手すりからジャンプをして降下――いや、落下。
 雪だるまは想いを携えて飛び出した。
 造り主の「伝えたい」という想いが雪だるまに時の線を越えさせる。空間を滑降し、冬から秋へ季節を滑り抜け――夏の日へと。

 ジジジジ、というセミの声が響いていた。夏という季節に雪だるまはきょろきょろと辺りを見渡す。冬の灰色の空とはだいぶ違う。異様に眩しく明るくてたまらない。
 ……いた。
 輝く夏の光の中で、一際輝く存在があった。降り立ったベランダから見える部屋の中、物思いにふける少女がやけに眩しい。
 ――想いを伝えたかったのは、まばゆいひと、明るいひと。
 ととと、と雪の胴体を跳ねさせて日陰から出る。あのひと。
 雪だるまは窓を目指す。中に入って造り主が込めた想いを渡さなくては。
 ぴちょり、ぴちょり。
 ――と、雪だるまは自分の体から水が滴ってきている事に気付いた。
 小枝で出来た腕をぱたぱたと動かす。動きづらい。
 とける、とける。
 ずりずり、ずりずり。
 滑る事も跳ねる事もままならない。雪のままなら軽やかだった体が重たくてしょうがない。
 とける、とける、とけてしまう――。
 中にあるの。この中にある。雪だるまの中に造り主の気持ちが入ってる。
 それを伝えたくて渡したくてたまらないのに、少女のいる場所が途方もなく遠い。
 南天の実の目がぺしゃりと落ちた。片腕が外れたけれど、無事な方を窓に伸ばす。
 目に焼き付けておこうとした少女の背中。いなくなってから悔やんだ気持ち。葉が落ちる頃に諦めようとして、雪の降る日になっても忘れられなくて想い続けている造り主の気持ち――。
 雪だるまは笑った。口は無いけど、微笑んだ。
 ……とどけにきたよ。



「……誰?」
 窓の外に気配を感じて窓を開けた。けれど、ベランダには誰もいない。
 神経質になってるのかもしれない。転校が決まってから鬱々とした気分に飲み込まれやすい。学校では普段通りの振る舞いを心掛けていたが、心の中は寂しさでいっぱいだった。
 何より、これから離れなくてはならない好きな人への気持ちが、悩みとなって私に重く覆いかぶさってくる。
 物静かで穏やかな物腰が好きだった。空を見上げるしんとした横顔をずっと見つめていたかった。
 ベランダに小さな水たまりを見つけてあれ、と思う。水たまりの中に何か落ちている。
「青いハンカチ……?」
 ――大丈夫? これ、使って。
 彼の声が蘇る。
 梅雨の日、湿気と体内に籠る熱のせいで体調を崩した私に、濡らしたハンカチを当てて気遣ってくれた彼。……きっとあれが始まりだった。
 その時のハンカチと同じものだった。
 どうしてこんな所に――そう思い手に取ると、ハンカチの下から何かが落ちた。ひんやりと冷たく濡れたそれは、小さく折り畳まれた紙だった。
 引き寄せられるような心地で、ゆっくりと開く。
 ――『君のことが好きです』
 驚いて、瞬く。
 彼の字――と思った端から、紙は小さな氷のように溶け消えていく。後に残るのは、掌の上の水ばかり。
 幻のようなものかもしれない。見間違いかもしれない。けれど、彼の気持ちが届けられた、と思った。
 ふと、白くて小さい消えかけの何かを窓の外に感じた。それは、私に向けてががんばれ、と言ってくれたようだった。
 私は早鐘のように鳴り続ける心臓を胸の上からおさえ、いるのかいないのかもわからない何かにがんばるね、と呟く。
 雪の結晶ほどの小さく大きい勇気を振り絞り、電話に手を伸ばす。
 ――彼に想いを伝えるために。


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