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みやさん

写真と物語の融合、写真物語家を夢見ています。 マイペースで更新中。Twitter➪@miya_ayim

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Another side of the world

16/10/01 コンテスト(テーマ):第118回 時空モノガタリ文学賞 【タイムスリップ 】 コメント:0件 みや 閲覧数:437

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契約書を目の前にしても無数の小さな文字の羅列は頭に入ってこなかったけれど、最後の”今なら十万円キャッシュバック中”の一文が目に飛び込んできて妙に可笑しい気持ちになる。一億円払って十万円返して貰う、何だか滑稽に思えた。それにタイムスリップが可能になった科学的な現代に於いても、紙の契約書がまだ活用されている事に俺は驚きを隠せない。紙をスキャンしてデータに保存しておく事は勿論言うまでも無い事なのだろうけれど、紙なんて燃えたら終わりだ。人間も。

俺が指定した料金の引き落としの口座に一億円の金が預金されているかスタッフは確認作業をしている。心配しなくても金なら預金されている。膵臓癌で母さんが死んで振り込まれた保険金の一億円が。
金の確認作業が終了するとタイムスリップする希望の日付けと場所の最終確認が行われ、俺はいよいよタイムスリップのマシーンのある部屋へ案内された。部屋には巨大な球体の何かの映画で観た事がある様なマシーンが俺を待ち構えていた。

「タイムスリップ後、約十二時間後に同じマシーンが同じ場所に現れるので、それに乗って現在にお戻り下さい」
「それに乗らなかったら、どうなるんですか?」
スタッフは返事をしない。現在に戻れなかったら自分自身という存在が無かった事になるのだろう。タイムスリップが可能になった現在でも、タイムスリップをして帰って来た、と言う人の話しを聞いた事が無かった。タイムスリップをして人生を変えましたと自慢気にマスメディアを通じて語る人達もいるのだけれど、どれも信憑性に欠けるものがあった。或る日突然未来から来た自分に、お前はこのままでは駄目になる、変わるんだと諭されて変われる様な人生だったら、苦労しないと思えるからだ。誰に何を言われても、例え未来から来た自分に諭されても人生なんて決して変わるはずが無いのだから…

俺が産まれる前に死んだ父さんの分も、母さんは俺に愛情を注いでくれていたと思う。看護師だった母さんは働き者で母性に満ち溢れている人だった。そんな母さんと同じ看護師を目指して看護系の大学に進学したけれど、大学二年生の時に訪れた実習先の病院で俺の看護師になる、という目標は砕け散った。

「看護師は大変な仕事だし、無理なんじゃないかな」
看護師になりたいと言い出した高校生の俺に言った母さんの言葉が今では痛いほど身に染みる。看護師と言う仕事は想像以上に過酷だった。患者の命を預かっている、その重大さに気付くと重い石を背負わされている気がした。決して綺麗な仕事ではなく、患者の血液や排泄物を目の当たりにして俺は倒れそうになる自分を保つだけで必死で、患者のケアをする事など到底無理だと感じた。こんなに大変な仕事を母さんはどうして平然と出来るのだろうか?きっとナイチンゲールの様な天使か、とんでもない変態のどちらかなのだろう。

「俺、看護師になるのは無理だ。看護系の大学なんか行くんじゃなかった。大学も辞めて働くよ。その方が母さんだって楽だろ?」
最初はもう少し続けてみればと励まし大学を中退する事にも反対していた母さんも、最後には諦めて、一億円あれば今流行りのタイムスリップをして人生やり直せるのにね、と言って哀しそうに笑った。
俺が大学を辞めてコンビニのアルバイトを始めて直ぐに、母さんの膵臓癌が発覚した。状態は極めて悪く、もう手術の適応が無い、つまり完治の可能性が無い末期状態だった。担当医師は看護師の母さんに、医療従事者なのに何故自分の身体の変化に気付かなかったのか、と残念がっていた。

大学を辞めていた俺は、三カ月後に母さんが死んでしまう迄思う存分母さんの看病が出来た。俺が大学を辞めてくれていて良かった、と母さんは死ぬ間際にまた哀しそうに笑った。

母さんの死後、途方に暮れる俺に母さんがこっそり加入していた生命保険金一億円の大金が舞い込んだ。
「今流行りのタイムスリップをして人生やり直せるのにね」
母さんの言葉が胸に込み上げた。母さんは幸せだったのか?子供が産まれる前に夫を失い、愛情を注ぎ育てた息子がフリーターだなんて、そんな人生幸せなはずがない。

「それではタイムスリップをスタートします。良い人生を」
俺は一億円を手にして人生をやり直す。俺の人生ではなく、母さんの人生を。俺の父さんが死んだのは、仕事の出張先のビジネスホテルの火災事故が原因だった。その日、父さんがそのホテルに泊まらなければ、火災事故が起きなければ、母さんの人生はもっと違うものだったはずー
マシーンに入ると、球体の内部は暗く直ぐにぐらぐらと軽い衝撃を身体に受け、その衝撃は徐々に大きくなっていく。本当に過去に行けるのか?という恐怖と一億円騙しとられたのでは?という不安で俺は立っていられない程だったけれど、球体のそれがそんな俺を優しく包み込んでくれていた。


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