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ポテトチップスさん

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ここは僕の死に場所じゃない

16/09/26 コンテスト(テーマ):第119回 時空モノガタリ文学賞 【 お笑い 】 コメント:0件 ポテトチップス 閲覧数:576

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 マコチ師匠が楽屋でタバコをふかしている横で、テリ&チキの2人は漫才をしているが、マコチ師匠は機嫌でも悪いのか、人差し指でテーブルをコツコツと叩いていた。
「おい、こら! 黙れ! 耳障りなんだよ」
 テリ&チキの2人は押し黙って、師匠に頭をさげた。
「師匠! いまの僕らの漫才、何がいけなかったのでしょうか?」
「何がいけないじゃなくて、うるさいんだよ」
「師匠! お言葉を返すようですが、僕たち師匠の弟子になってもう5年が経ちます。師匠はいつも、芸なんか一つも教えてくれないじゃないですか……」
「テリ、オマエよくそんな口、師匠に向かって言えるな。俺が何もオマエらに芸を教えてないなんて、どの口が言うんだ! 俺はオマエらに常日頃から口を酸っぱくして、『芸人は作家じゃなくて表現家』だと何遍も言ってるだろ!」
 テリは拳を力強く握って
「確かにその言葉を何回も師匠に言われてますけど、意味が分からないんです。『芸人は作家じゃなくて表現家』ってどういう意味ですか?」
 マコチ師匠はタバコを苛立たしく揉み消すと、
「俺が言った言葉の意味が、自分達で理解できないのは芸人に向いてないんだよ。オマエら、今日で破門だ!」
 テリがマコチ師匠に掴みかかろうとしたのを、チキが後ろから羽交い絞めにして止めた。
「チキ! 離せ! この禿げ頭を一発ぶん殴らないと気が済まないんだ!」
「テリ! 止めろって!」
 マコチ師匠は後ろにのけ反りながら
「オマエら、師匠に向かって殴りかかってくるとは前代未聞の大馬鹿だ! 早く出て行け!」
 楽屋を勢いよく飛び出ると、テリは壁を拳で殴った。テリは師匠に対する怒りを心に残したまま、チキと昼間の道路を俯いて自宅に帰った。

 翌日の昼頃、テリは標高2900メートルの宝刀岳の山頂にいた。テリの趣味は登山で、暇さえあれば宝刀岳に登山に出かける。真冬の宝刀岳の山頂から眺める景色は神秘的で、貧乏生活からほんの一瞬、忘れられる貴重な時間だった。
 山頂には20人くらいの登山客が、写真を撮ったりしていた。
 テリは山頂の雪の上に座って目を瞑る。朝早くに出発したせいかウトウトしてしまったらしく、目を覚ました時には風雪が身を包んでいた。時計で時間を確認すると、寝ていた時間は1時間くらいだったが、山頂の天候は移り変わりが早いことに、改めて驚かされる。
 6人程の見ず知らずの登山者達と一緒に下山を始めると、風雪は強まりゴーゴーと言う不気味な音が耳の鼓膜を振動させる。
 突然、爆発音みたいな音が聞こえ雪崩に体はのみ込まれた。
 どのくらい時間が経ったのか分からなかったが、テリは雪の中から這い出ることができた。近くに一緒に下山した1人である若い女性が泣いていた。
「大丈夫ですか?」テリは聞いた。
 泣いている女性を無理やり立たせ、少し山を下りると緊急シェルターが運よくあった。
 女性は泣きながらブルブルと寒さに震えている。低体温になりかけているのを危惧したテリは、自身の防寒ウエア―を脱ぎ、女性の体にかけてやった。雪崩で携帯電話も失い、救助すら頼めない。この風雪の中では女性を背負って下山するのも危険だと感じたテリは、立ち上がった。
「どうも〜! テリ&チキのテリの方です。いや……、寒いですね。寒い時はこの寒さよりももっと寒いと言われる僕の漫才を聞いて、外気が暖かいように錯覚しちゃいましょうね!」
 女性は顔を両手で覆い、俯いている。
「昨日、僕、師匠に破門されちゃいまして、禿げ頭の師匠だけにツルっと落とされちゃいました何てね……」
 若い女性は、右頬を下にして地面に倒れた。呼吸がか弱いことが見て取れた。
「こないだ、僕、洋服をお店に買いに行ったんです。そしたら財布を家に忘れてきて、そんな僕を見て、みんなが笑ってるんです。しまいには犬まで笑ってて、僕は愉快なサザエさんかってね!」
 テリは大げさに怪訝な表情で言った。
 女性が小さい声でうめき声とも笑い声ともとれるような声を発した。
「ありがとう……」女性の呼吸が途絶えたのが分かった。
 テリは泣きながら、女性に貸した防寒ウエア―を自分の体に身にまとった。生きるために……。
 今頃になって、マコチ師匠が常日頃から言っていた、『芸人は作家じゃなくて表現家』だと言う意味がようやく理解できた。面白いお話を考えるのは作家で、芸人は身振り手振りでお話に躍動感と臨場感を与えてプロなんだと……。
 ありがとうと言って生き途絶えた名も知らない女性が、テリに命と引き換えに教えてくれたように感じ、テリは自分を責め大声で泣いた。
 テリは生きたいと願った。自分が死ぬのはお客さんが満員のステージの上でだと思った。女性に手を合わせた後、テリは生きるために強い風雪が吹き荒ぶ中、下山しようとシェルターから足を前に進めた。


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