1. トップページ
  2. 【繰り返される時と彼の笑い】

吉岡 幸一さん

性別 男性
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

1

【繰り返される時と彼の笑い】

16/09/25 コンテスト(テーマ):第118回 時空モノガタリ文学賞 【タイムスリップ 】 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:1149

時空モノガタリからの選評

 将来ばかり見ることで失われてしまうことはなんと多いことでしょうか。同じ時の中に閉じ込められるという不条理の中で解決を模索しながらも、肩の力を抜いて受け入れてしまう主人公の姿は、非常にユニークなだけでなく教示的なものがあると思います。すでにそうである以上無駄にあがいて自滅するより、現実を進んで受け入れる方が、はるかに賢い選択のように思えます。またその後に現れる光景は目的地に気を取られている時には見落としてしまうものかもしれません。考えてみれば人生に大した目的などないに等しいのでしょう。足元に目を留めてゆったりとした時間を歩んでみたくなる作品ですね。またSF的なテーマを単に用いて終わるのではなく、独自の世界観を描出するためにそれを上手に利用しているのもとても良いですし、文章も説明も丁寧でわかりやすくて良いと思います。

時空モノガタリK

この作品を評価する

 この時間を繰り返すのは、もう何度目だろうか。
 午前八時、大学に行くためにアパートを出て、徒歩十分のJRの駅まで行って、電車に乗り込みドアが閉まった瞬間、彼はアパートの玄関ドアの前に立っていた。
 時計の針は午前八時を指したまま。電車に乗り込んだ瞬間、時間が巻き戻り彼はアパートにタイムスリップしていたのだ。
 アパートに入ろうにもドアは開かない。鍵は鍵穴にささらず、ドアは開くことを拒んでいた。鍵が間違っていることなどあり得なかった。
 何度同じ道を歩いたことだろう。同じ日の同じ時間を繰り返し繰り返し彼は歩いた。今度こそは電車に乗って大学へ行けるだろう。そう信じながらも、繰り返す数が増えるほどに諦める気持ちが徐々に増していった。
 何も電車にこだわらなくてもよいではないか。そう思って駅に向かう途中にあるバス停からバスに乗ろうとしたが、いざバスに乗ってバスのドアが閉まった瞬間、彼はアパートのドアの前に戻っていた。
 タクシーを使うことも考えたが、成功したとしても金がかかるし、第一タクシーを見かけることはなかった。自転車は持っていなかったので論外だった。
 ならば乗り物ではなく行ける所まで歩いていけばいいのではないか。大学まで徒歩で一時間もあればどうにか行ける。
 しかし結果は同じだった。いろいろな道を通ってみたが、どこかの角を曲がった瞬間やトンネルをくぐった瞬間、細い道を抜けた瞬間などに気付くとドアの前に立っていたのだ。どうやらアパートからJRの駅の道沿いから少し離れるとアパートのドアの前に戻ってしまうらしい。
 誰かに助けを求めようにもどうすればいいのかわからなかった。携帯電話も公衆電話もつながらないし、道行く人に尋ねるにしてもどう聞けばいいというのだ。
 大学に行けないんです、とでも聞けばいいのか。電車に乗ると時間が戻っていて家の前にいるんです、と訴えればいいのだろうか。考えれば考えるほどそんなことを言ってしまえば怪しまれるに決まっている。頭のおかしな奴と思われてしまうことだろう。
 少なくとも三十回は同じ時間の中でうろうろとしていた。そもそもこういった事態に陥るには何か原因があるはずだ。原因がわかれば解決策も自ずと導き出せるはず。そう思って必死に原因を探ってみたが、何ひとつ思い当たるふしはなかった。非現実的なことなのだから、現実的な思考では原因は探し出すことはできないのかもしれない。
 人は慣れることと諦めることを知っている。自分の力ではどうしようもないと気付いたとき、天に運を任せることを選んでしまうものだ。
 彼はもがくことをやめた。止めた途端、世界は明るく輝いていった。どう足掻いても戻って来てしまうのなら、その間を楽しもうと思った。進めて言うならば、その時空の間に生きることに決めた。
 ドアから駅までの間の道のりをできるだけゆっくりと歩いた。道行く見知らぬ人に挨拶をして、その相手が時間に余裕がありそうだったらちょっとした世間話をしてみたりした。
 案外最初は警戒をしていても、笑顔を向けて話してみれば心を開いてくれるものだ。
午前八時という時間帯だから、ほとんどの店は開いてはいなかったが、駅前のコンビニは開いている。そこで買い物をしたり、本の立ち読みをしたり、可愛い店員に話しかけたりした。
 走りまわる猫を眺め、鎖につながれた犬を眺め、コンクリートの隙間から伸びる草を見つめ、葉先のてんとう虫に息を吹きかけ、白い雲と青い空を見上げ、風の香りを深く吸いこんで吐き出してみたりした。
 一度進んだ道は後戻りができないらしい。疲れると電車に乗り、ドアの前に戻った。戻ってくれば疲れも取れているし、軽くなった財布の中身も戻ってきている。記憶だけが時間が巻き戻されたとしても、途切れることなくしっかりと残っていた。
 まるで毎回生まれ変わっているようだな、と彼は思った。これで記憶がリセットされていたのなら、何度も同じ時間を繰り返していることに気付かなかっただろう。
 本当は誰もが同じ時間を何度も繰り返しているのかもしれない。ただ記憶がリセットされてそのことに気づいていないのかもしれないな。そう思うと彼に希望がわいてきた。いつか電車に乗って次の駅まで進めるのではないか。確証があるわけではない。しかし間違っているようにも思えなかった。
 彼はアパートのドアの前に立って笑った。無性に笑いたかった。
 さて、また道行く誰かと話をしよう。猫を見て、犬を眺めて、コンビニに行って、草や木や空を眺めよう。電車に乗れば今度こそ。いや別にどちらでも良い。それは乗ってみるまでのお楽しみでいいじゃないか。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン