1. トップページ
  2. 本の神様コンシェルジュ

黒谷丹鵺さん

いろいろなところで細々と書いております。

性別 女性
将来の夢 謎の覆面作家
座右の銘

投稿済みの作品

4

本の神様コンシェルジュ

16/09/25 コンテスト(テーマ):第117回 時空モノガタリ文学賞 【 本屋 】 コメント:4件 黒谷丹鵺 閲覧数:1077

この作品を評価する

親父が死んで、俺は数年ぶりに故郷の土を踏んだ。
寂れた田舎町の駅前商店街で本屋を営んでいた親父は、遅い帰りを案じたお袋が様子を見に行った時、脚立と沢山の本に埋もれるように倒れていたという。
急性心不全だから本の下敷きになったわけではないが、その死に様は無類の本好きである親父らしいと思った。
俺が到着した時、早くも親父の長年の友人達が集まって葬儀の相談をしていた。
「てっちゃんは急な喪主で大変だろうから、段取りは俺らが引き受けるよ」と申し出たのは親父の幼馴染の佐藤さんだ。哲史という名前を憶えてくれていたと思うと面映ゆく、親しみのこもった物言いに少なからず安堵した。
俺も昔は、曽祖父の代から続く本屋が大好きで継ぐ気満々だった。それが変わったのは思春期の頃、郊外にショッピングモールが出来てからだ。モールの中にフランチャイズの大型書店があると聞き、友達と遊びに行ってショックを受けたのだ。広いフロアはピカピカに明るく店員はしゃれた制服に身を包み、販促ポップも当時は珍しかった。
親父の店が急にみすぼらしいものに思えてきて、実の子の俺ですらそう感じたのだから客足が減っていくのは当然だった。
経営が苦しくなってから、親父は「本屋を継げ」とは言わなくなった。ホッとした半面、きちんと話さない親父にがっかりした俺は、たまに勧められる本も読む気になれなかった。その後も本屋の事を話す機会はなく、俺は上京して普通の会社に就職した。
それからまもなく親父は自宅を売って店の二階に住むと言い出した。俺は怒り狂って帰省し、家を売ってまで本屋を続ける意味があるのかと親父を責めた。泣いて止めに入ったお袋から「お父さんに謝りな」となじられて飛び出し、それっきり故郷には帰らなかった。

店の奥の六畳間に小さな祭壇が設えてあり、親父の遺体が安置されていた。
そっと白布をめくると親父は穏やかな表情で、チェックのシャツとジーンズを身に着けていた。いつも店に出る時の格好だった。
「お父さんが哲史にって」
親父の傍に座っていたお袋が一冊の本を差し出した。以前より小さくなったようなお袋の姿は、さすがに胸に迫るものがあった。
通夜には弔問客が次々に訪れ、対応に追われながら親父はこんなに慕われていたのかと驚きもした。皆、義理とは思えない悲しみ様なのだ。親父と同年配の人間ばかりではなく、小さな子供連れの若い母親まで目を赤くしてやって来る。俺は不思議でならなかった。
「塾で遅くなってしまって」
夜の10時も過ぎた頃やってきたのは高校生の少年だった。
少年はぎこちなく線香を立てて手を合わせたかと思うと、突然ワッと泣き伏した。
「この子の話、聞いてやんな」
面食らっていると佐藤さんが言い残して席を外し、俺は少年と二人きりにされてしまった。
とりあえずタオルを差し出すと、少年は小声ですいませんと謝って身を起こした。
「おじさんに恩返し出来なかったと思うと悔しくて」
「恩返し……?」
「俺、中学ん時ここで万引きしたんです」
俺は黙って耳を傾けることにした。
彼は友人達と遊びで万引きを覚えた。ショッピングモールの書店で捕まり、この店からも盗んだと白状した。親と一緒に謝罪に来たが、親父は「本好きでなければ盗らないだろうし、本屋にとって本好きな子供は宝物のような存在」と許したのだという。
「読んだら感想聞かせてねって本を貸してくれました」
少年は肩を震わせる。
「本当は本なんかクソつまんねって……でもおじさんに借りた本、すごく面白かったんです」
恐る恐る訪ねると親父は喜び、帰りには別の本を渡され、それが続くうちに悪友と疎遠になり受験にも合格できたそうだ。
「全部おじさんのおかげなんです」

俺は複雑な気持ちになり、少年が帰った後も考え込んでいた。
「親父さん、皆に本を選んであげてたんだよ」
いつのまにか佐藤さんが隣に来ていた。
「本は人を元気にも幸せにも出来るってのが持論でな、親父さんが勧めた本で人生が変わった人いっぱいいるんだぞ」
「親父が本ばっかり読んでたのって……」
俺はハッと気が付いた。
佐藤さんは大きくうなずいて言った。
「本の神様だよな」
俺はお袋に渡された本のことを思い出しカバンを探った。もどかしく表紙をめくると親父の字が目に飛び込んできた。
『己が思う道を行け!』
俺は本を抱きしめて子供のように泣いた。

「古くて住みづらくないか?」
葬儀が終わった日、お袋に問うときっぱり否定された。
「じゃ、このままにしとくか」
俺にはまだ本屋を継ぐとは言えなかった。今は勉強も知識も何もかも足りない。
親父が俺に選んでくれた本は文句なしに面白かった。これから始めるのでは親父に到底及ばないだろうが、俺も出来るだけ本を読んでいこうと思えた。

そう遠くないうちに帰って来る――俺は心に決めて故郷を後にした。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

16/10/04 あずみの白馬

拝読させていただきました。
こういう書店店主、昭和の時代はけっこう居た気がしますが、今となっては貴重な存在になりつつありますね。
主人公さんが引き継げるか、期待してしまいます。

16/10/08 黒谷丹鵺

あずみの白馬さま。
コメントありがとうございます。
残念ながら個人経営の町の本屋さんは本当に数少なくなってしまいましたよね。レビューなどを見ながらネットで本を買う時代ではありますが、一人一人のニーズに応じた本を即座に紹介してくれる、そんな本屋さんが存在して欲しい私も思います。

16/10/23 光石七

拝読しました。
お父さんは立派な本屋さん、本の神様だったのですね。こんな本屋さんが身近にいてほしいです。
父親の本当の姿を知った主人公の変化と芽生えた決意が自然で説得力があり、応援したくなりました。
素敵なお話をありがとうございます!

16/10/26 黒谷丹鵺

光石七さま。
コメントありがとうございます。
短い中にエピソードを詰め込みすぎたかなと思っていたのですが、自然で説得力があるとのお言葉にホッとしました。嬉しいです。

ログイン
アドセンス