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村咲アリミエさん

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親切な本屋

16/09/22 コンテスト(テーマ):第117回 時空モノガタリ文学賞 【 本屋 】 コメント:0件 村咲アリミエ 閲覧数:511

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 その本屋は、親切な本屋ではなかった。

 僕の隣で、店長おすすめの本が並ぶ本棚を見上げている彼女は、きっとため息をついているに違いない。
 この本屋の本棚は、高い。百九十センチある僕が背伸びをしてやっと届く距離に商品を置くなんて。おまけに脚立がひとつしかないものだから、余計に不親切だ。
 困っている人を見かけると、僕は進んで声をかける。親切心ももちろんあるけれど、本当の理由は新規開拓だ。取ってあげた本が複数あるなら、僕もそれを買う。実は、その行動が楽しくて、僕はこの本屋に通い詰めてしまっている。

 隣の彼女は、僕の存在に気がついていないようだった。
「あの」
 声をかけると、彼女はウサギのようにぴくっと反応してこちらを見上げた。
「取りましょうか」
「……ありがとうございます、あの、友情絵本というものを」
「これですね。絵本ですか?」
「ええ、絵本を文庫にしたもので」
 
 彼女がレジに向かった後、幸運なことに、本棚に二冊あったその本に、僕は手を伸ばした。レジでは、店長と彼女が話しているようだ。やったなあ、という嬉しそうな店長の声だけが、はっきりと聞こえた。

 「友情絵本」は素敵な本だった。そんな本を紹介してくれた彼女を、僕の脳みそは懸命に脳裏に焼き付けたようで、二回目に会ったときもすぐに彼女だと気がつくことができた。彼女はまた、そびえ立つ本棚を見つめていたものだから、笑ってしまった。
「取りましょうか」
 彼女も僕のことを覚えてくれていたようだった。
「今日は、ハルノヨを」
「……はい。あの、この前の本……素晴らしかった」
 いい本の感想というのは、どうして言葉になりづらいのだろう。
「よかった」
 彼女は、花のように微笑んだ。

 ハルノヨ。その本もまた二冊あったので、僕はその本を買った。映画化したようで、主演の俳優が憂いげに俯いている表紙だった。その本もまた、おもしろかった。

 次に彼女を見かけたとき、彼女は脚立を使っていた。おすすめの本が並ぶ本棚の一番上に手を伸ばしている。
 なんだ。
 ……なんだってなんだ。
 僕は慌てて本屋の奥にひっこんで、大きな本に顔をうずめた。十分ほどそうして、もういいだろうと、大きな図体をできるだけ小さくして移動した。
 彼女はまだ、先ほどの本棚をじっと見上げていた。
 僕は彼女の隣にそっと立った。気がついてくれるかな、と思ったそのとき、彼女はきらきらした目で僕を見上げた。
「お久しぶりです」
「お、お久しぶりです。あの、ハルノヨ、読みました。最後が意外で」
「ですよね! まさか全員生きてたなんて」
 こくこくと頷くだけの僕。ああ、素晴らしいあの本はどんなところが素晴らしかった?
 語彙のなさを心の中で嘆いていたそのとき、彼女はあの、と小さく言った。
「もしよろしければ、あの本、とっていただけませんか?」
 あれ?
「え? さっき脚立使って……」
 言いかけて、僕は口を押さえた。しまった、こっそり見ていたことがばればれだ。
「あっ、見て……」
 彼女が俯くと、後頭部しか見えない。ああ、絶対に……。

「すみません、ひきましたよね」
 僕のせりふを奪ったかのような言葉が、彼女の口からこぼれた。
「……ひかれるのは僕の方では」
「えっ」
「えっ」
 飛び交うクエスチョンマークの中に、低い声が飛び込んできた。 
「萌花さん、気がつかれてないぞ。あと、青年、よーく考えて謎解きしてみろ」
「ちょっと店長さん!」
 レジに目をやると、にやにや顔の店長が僕らを見つめていた。
「ちなみに彼女のほしい本は、真っ赤な背表紙の」
「店長っ!」
 やだもうと彼女は小さな両手で顔を覆った。
 僕は考える。考えて、考えて。
「あ」
「ばれた……?」
「多分……」
「……そうです、私が仕組んだんです……一冊目からです」
「兄ちゃんが困ってる人に本を取ってあげてるのも、その時に二冊あれば自分用を購入しているのもよーく知ってるからだよなー」
「店長!」

 そんなまさか。もし、間違いでないのなら。
 僕は店長に駆け寄って、ひそひそと訪ねた。
「彼女は、僕に話しかけるチャンスを作るために、毎回二冊、自分のお気に入りをセットしてくれてたんですか」
「兄ちゃんが買った本な、一冊目は文庫化、二冊目は映画化で表紙が変わったものだ。彼女は、好きな本は新しい形になる度に買うんだよ。その辺は心配することはない」
 答えになっていない答えは、しかし、肯定のしるしだった。頬があつくなる。

「二つとなりの喫茶店は、ケーキセットがやすくてうまいぞ」
 店長が、僕を見上げてにやりと笑った。
「……親切な本屋だあ」
 ん? と首を傾げる店長を横目に、僕は彼女をお茶に誘うための言葉を考えた。

 それは、本の感想を言うよりもさらに、難しかった。


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