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待井小雨さん

待井久仁子というペンネームで「小説&まんが投稿屋」というサイトで、童話やホラーやよくわからない物語を投稿しています。 ご興味を持っていただけたら、よろしくお願い致します。

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猫のうたたね本屋さん

16/09/22 コンテスト(テーマ):第117回 時空モノガタリ文学賞 【 本屋 】 コメント:0件 待井小雨 閲覧数:641

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 小さな本屋で、店主のおじさんはいつものように店番をしていました。
「本屋のおじさん。本屋のおじさん」
 カウンターの下から声がします。見ると、ふくふくとした毛並の前足がありました。覗くと三角の耳がぴんと立っています。
「おや、一体誰だろうなぁ」
 おじさんは笑いながら、背伸びしてカウンターに前足を乗せる猫に問いかけました。
「一生懸命背伸びする僕を抱き上げてはくれないのですか」
「ふふふ、失礼したね。あまりに毛並が綺麗だから、気後れしてしまって」
 おじさんはよいしょっと、と猫を抱き上げました。背中に何か括りつけています。
「お願いがあって来ました」
「お願い? 何だろう」
 猫は背中に括りつけていた物を器用に外します。画用紙のようです。
「僕の本を置いてほしいのです」
「君の本?」
「そうです。僕は案外人間が好きな方で、誰かの家族になってもいいと考えています。けれど僕の魅力を人間に伝えるきっかけがありません」
「ふぅむ」
「それで僕の事を本にしようと思いつきました。これを読んだ人はきっと僕を飼いたいと思うに違いありません」
 猫の本には、真っ直ぐな尻尾の美しさや顎の下の毛並の豊かさについて、絵をたくさん使って描いてあります。おじさんは眼鏡を持ち上げてそれを眺めると「よし、いいだろう」と猫の頭を撫でました。
「けれどただで置く事はできないよ。商売だからね」
「動物からお金を取るのですか」
 いいや、とおじさんは猫の前足を両手できゅっ、きゅっ、と優しく握りました。
「毎日ここに来て、私と握手をしてほしい。そうしたら私は幸せな気分になれるから、それが対価だよ」
「僕の前足は魅力的ですものね。それくらいなら構いません」
 猫は足取り軽く本屋を出て行きました。
 
 それから猫は本屋に通うようになりました。
「今日はどうですか」
 おじさんは掃除用のハタキを手に、けほけほと咳をしていました。「やぁ、失礼」と言ってから、「残念だけど、読んでくれた人には断られてしまったよ」と答えます。
「そうですか……」
 しょぼん、と尻尾を垂らす猫を励まします。
「もっとたくさん君の魅力を伝えるために、続きを書いてはどうだろう」
 そうして約束の握手をしてその日も別れます。

「ねずみを獲るのは天下一だと書きました」
 画用紙の本をご自慢な様子で掲げておじさんに見せます。
「それはとても頼もしいね」
 満足気にヒゲをひくひくさせる猫に、「今度はきっと見つかるよ」と棚の本を大事そうに並べながらおじさんは言います。猫は気になる事があったのですが、褒めてもらって質問するのを忘れてしまいました。

 猫の本を読んで「面白い猫がいるものだね」と言ってくれる常連さんや「この猫さん飼いたい!」と言ってくれる女の子がいました。けれど別のペットを飼っていたり、ママに断られてしまいます。早く見つけてあげないと……とおじさんは胸を押さえます。
「ねぇ、おじさん」
 袖を引かれておじさんは我に返り、慌てて笑顔で「何だい」と答えます。「あのね……?」猫が気遣わしげに見上げてきました。
「僕はきっと、寄り添って不安を取り除いてあげられる猫だと思います。眠れなくて辛い夜は、僕が顔をなめてあげます」
 猫はおじさんの手を掴みました。ふくふくとした猫の手でも分かります。おじさんは短い間にうんと痩せてきているのです。
「ねえ、僕はおじさんの――」
「……離しなさい」
 やんわりと押し返されても首を振ります。
「僕は本当は、おじさんの猫になりたかったんです。お店でうたた寝するおじさんを見て、その隣で丸くなっていたいと思ったんです」
 けれど素直に家族になってと言えなくて、自分の素敵な所をアピールしていたのです。
「……君の家族になるには、私は時間が少なすぎるんだよ」
「それならその時間全部、僕と過ごせばいいんです」
 おじさんは猫の本を思い出します。食いしん坊なのでご飯はたくさん用意して欲しい事、冬は一緒に寝てほしい事。あれは全部、猫がおじさんに求めていた事だったのです。
「……家族になってほしいのは私の方だ。けれど、返せるものが何もない」
「おじさんの家族になれたなら、それ以上の事なんて何もない」
 猫はおじさんの痩せた手に頬ずりをします。
「それなら……私が君の家族になっても、いいんだろうか――」
 猫の頬ずりがやけ暖かくって、それでおじさんはほろほろと涙を流すのでした。

 寂しい夜には傍で眠って、病気で苦しい日には寄り添いました。お別れの時、何もあげられなくて申し訳ないとおじさんが言うので、猫はそれならおじさんの本屋さんが欲しいと言いました。
 ――おじさんの本屋さんを、僕に継がせて下さいな。

 だからおじさんがうたた寝していた本屋は、今では猫が店主をしているということです。


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