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本宮晃樹さん

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相対論的逢瀬

16/09/22 コンテスト(テーマ):第118回 時空モノガタリ文学賞 【タイムスリップ 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:557

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 見るがいい、ちょうどシュバルツシルト半径ぶんだけ星の海が円形に切り取られているさまを! それだけじゃない。X線ジェットがその穴から何光年にもわたって噴出し、星ぼしを切り裂いている。帯域幅を変えて観測すれば、高エネルギーの奔流がほとばしっているのがわかる。ホーキング放射だ。
 直径二十キロもない取るに足りない穴なんか、宇宙からすればそこらをブラウン運動している塵埃以下の存在にちがいない。それでもあれを見て畏怖に駆られない人間がいるだろうか?
 これはまちがいなくまったく新しい自殺である。それが証拠に先行して投入された無人観測機は、見事に全機未帰還と相成った。欲張って近づけすぎたのだ。
 重力圏外から望遠してみると、観測機はブラックホールの外縁で静止している(ように見える)。どれもが妙に赤いのは赤方偏移しているためだ。するとあれは本当だったのか? 重力があまりに強いと時間の流れが遅くなるという与太。
 観測機の主観からすれば(そんなものがあるとして)、時間の流れはなにも変わっちゃいない。にもかかわらず相対論的効果によってそれが体験する一分は、こっちの一世紀にも相当するのだ。
 観測艇のスラスターを吹かす。徐々に宇宙の底なし沼が眼前に迫ってくる。覚悟は決まった。待っていてくれ、香苗。

     *     *     *

 タキオンドライヴの起動事故で香苗が数十世紀先へすっ飛ばされてから数か月後、信じがたい僥倖に恵まれた。
 テストパイロットとしてなぜ生身の人間を乗せたのか、複合宇宙企業〈オデッセイ〉の失態は語り草になっている。ともかく実験船の設計には不具合があった。減速のできないことがわかったのだ(光速の二十三パーセントにも達する船にブレーキがないなんて信じられるだろうか?)。それもタキオンドライヴを起動してから。
 船はすでに相対論的速度に達しており、推進粒子であるタキオンを消費し尽くすまで宇宙の深淵を突っ走り続ける。徐々に回頭するにしても戻ってくるころには船内時間で数年、船外時間では数十世紀が過ぎ去っているだろう。そのパイロットというのが、恋人の香苗だった。
 ところで太陽に兄弟がいるかもしれないという話は有名だ。二重星の片割れは〈ネメシス〉と呼ばれており、プロ・アマ問わず百年以上にもわたって探索が続けられてきた。これだけの労力をかけても見つからないのは、それが存在しないか見えないかのどちらかであると考えられる。
 後者だった。ずっとむかしに超新星爆発してブラックホールになっていたのだ。白鳥座へ何万年もかけていかなくても、太陽系内にブラックホールがある! しかも近々、木星軌道付近にやってくる! さあ誰か間近で観測したいやつはいないか? 絶賛募集中だよ!
 もちろん誰もいなかった。わたしを除いては。

     *     *    *

 ブラックホールの外縁をかすめるだけでも、理論的には時間伸長効果に与れるはずだ。わざとぎりぎりまで近づく。あれだけの大質量――針の先ほどの空間に太陽の何十倍もの物質が詰まっている――だ、数時間も周辺を飛べば数十世紀が矢のように過ぎ去るだろう。そうすれば香苗に会える。越えがたい深淵で孤立した哀れな彼女に。
 いかれてるって? そうかもしれない。彼女と邂逅したとき、とっくに人類なんか滅びてる可能性だってある。たった二人、時間に取り残された男女。なんてロマンチックなんだ。お望みとあらばアダムとイヴに改称してもいい。
 ブラックホールは目前だ。シュバルツシルト半径に触れないよう慎重に、かつ大胆に。もうすぐだ。もうすぐ彼女に会える。
 次の瞬間、わたしはスラスターを逆噴射した。ブレーキがかかる。怖くなったのかって? そうじゃない。ただなんというか……香苗は果たして、こんな再会を望むかどうか自信がなくなったのだ。
 何十世紀も経ったのちの、人類の死滅した地球を見て彼女はなんと言うだろうか。核戦争か耐性菌か遺伝子工学かわからないが、これをなぜ止めなかったかと憤慨するのでは? あたしなんかにかまわずになんで地球を救ってくれなかったの?
 そうは言ってもそんなこと個人の力でどうこうできるわけないじゃないか。いいえできる。あなたの代でできなくてもあなたの子孫たちが不断の努力を続ければ、きっと変えられたはず。あたしはそうしてほしかったな。
 いま思いついた。香苗に会う方法がもうひとつだけある。わたしのDNAを次世代に遺せばよいのだ。それは何万世代もののち、地球を少しずつ改善しながらついに彼女にたどり着くだろう。
 そのとき彼または彼女にこう言わせよう。「おかえりなさい」
 わたしは観測艇を回頭させた。
 家族が、友だちが、そして地球がわたしを待っている。


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