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吉岡 幸一さん

性別 男性
将来の夢
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乙女の像と圭太

16/09/20 コンテスト(テーマ):第90回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:686

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 四方を高層マンションに囲まれた公園の中心に乙女の像はたっている。なにか意味ありげなポーズをとっているわけでもなく、真っ直ぐに前を向いた直立不動の姿勢だ。いつごろからここに乙女の嬢があるのか誰も知らない。四方に高層マンションが建つ遥か前から公園はあり、乙女の像もあったからだ。
 公園は小学生らの遊び場になっている。ほとんどが周りに建つマンション住まいの子供らだ。夕方になるとマンションの窓から母親らが手を振り、子供らに帰るよう促している姿が多くみられる。親からしてみれば家の窓から子供の様子がうかがえるので、この公園では安心して遊ばせることができるのだろう。
 小学五年生の圭太は毎日公園にきては乙女の像を見上げている。石台のうえに乙女の像はたっていたので触れられない。ただただ見上げているばかり。
 きれいだな、ぼくと同じ年かな。じっと立っていて退屈じゃないのかな。圭太は友達と遊ぶこともなく夕方まで乙女の像に話しかけている。そんな圭太にまわりの子供らは無関心で冷やかすこともなければ遊びに誘うこともない。
 乙女の高さはちょうど圭太と同じくらいだろうか。丈の長いワンピースを着て、短い髪を後ろで束ねている。顔はふっくらとして、大きな瞳は優しそうに輝き、かすかに唇をひろげて微笑んでいる。圭太はその微笑みを自分に向けられたものだと思っている。
ある日の夕刻、マンションとマンションの間から眩しいばかりの夕日が差し込み、乙女の像を照らしていた。像からは濃くはっきりとした影が圭太の立つ樹の根元まで伸びている。空に雲はなく、春の夕暮れ時にしては風が生暖かい。
圭太は足先にかかった影に引き寄せられるように影の中へと入っていく。ふわっと包まれるような感覚、影と影が溶け合い混ざり合っていく。
「いつも側にいてくれてありがとう」
 乙女の像が急に柔らかくなり色彩をおびていく。生身の人間と変わりない姿。水色のワンピースに桃色の肌、黒い髪、白い靴。風に髪や服は揺れるが乙女は動かない。
 圭太は驚かない。なぜかとても自然なことのように思えて、可笑しくもないのにくすっと笑ってしまう。
「こんにちは。今日は暖かいですね」
 もっと気の利いたことを言えたら、と思いながらも言葉は出てこない。胸だけがひたすら熱くなる。
「お願いがあるの」と、乙女は言う。「お友達になってほしいの」
「うん、いいよ、友達になろう」
「毎日会いに来て。雨の日も、風の日も、雪の日も、嵐の日も、暑い日も。お願い」
「わかった。これからも毎日くるから」
 圭太の迷いのない返事に乙女は微笑みながら涙を流す。青く丸い真珠のような涙、ぽろぽろと乙女の足元に落ちていく。
 やがて太陽はマンションの裏に隠れ、空は暗くなり影は滲んで広がっていく。夜が影を包み込んでいくと、乙女は元の銅像に戻っていく。
 約束通り圭太は毎日会いにいく。影が出る日には影の中に入り乙女と話し、影が出ない日は乙女の像を黙って見上げる。嵐の日、圭太は傘もささず乙女の像を見つめている。
「もうずっとここにいて。ずっと私といて欲しいの」
「それを望むのなら、ぼくはずっと側にいるよ」
「影が出ない日も、夜も朝も昼もいてほしい」
「いいよ。もう学校にもいかない。ずっとここにいるよ」
 圭太は影の中で乙女の立つ石台によじ登る。力を入れなくてもするすると登っていける。
乙女の目の前に立って、はじめて真正面から顔をみる。長いまつ毛に濡れた大きな瞳、桃色の頬、柔らかそうな唇、溜息がでるほど美しい。
「これからはずっと一緒ね」
「ずっと一緒だよ」
 頬笑みが溶けあい、影が夜に飲み込まれるころ、乙女の像は少年と乙女が見つめあったまま立つ像になっている。
 翌日の午後、子供らが公園で遊んでいる。公園にはマンションの隙間からまばゆい七色の光が差し込んでいる。
「こんなところに銅像なんてあったかな」と、ひとりの子供が言うと「前からあったよ。向かい合ってる変な像だよね」と、別の子供が答える。たいして興味もなそうに見上げるとすぐに走っていく。
 午後の光が像に濃い影を作っている中で、ふたりは静かに頬笑みあっている。


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