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クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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地獄時計

16/09/16 コンテスト(テーマ):第118回 時空モノガタリ文学賞 【タイムスリップ 】 コメント:10件 クナリ 閲覧数:1685

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 肋骨の間に滑り込む、包丁の感覚で意識が飛びそうになる。
 分かっているのに防げないなんて。
 この激痛を、絶望感を、僕は何度味わえばいいのか。



 午前零時。
 僕の、中学校卒業式の日。
 部屋のベッドで目を覚ます。
 僕はたった今、約八時間後の未来からタイムスリップして来たばかりだ。
 僕の能力は、当日中であればその日の午前零時に戻れるというものだった。
 そう何度も能力を使ったことはないし、両親や姉にも教えてない。
 ついさっき――今日の朝八時――のことを思い出すと、全身に鳥肌が立った。今度こそ、逃げ切ったと思ったのに。
 やがて空が白んで、七時。母さんが僕の部屋をノックする。
「ほら、もう起きなさい」
 諸々支度を済ませ、居間でニュースを見ていると、八時が近づいた。
 僕は、もうすぐ殺される。
 一度目は、いきなり包丁で刺され、ほぼ反射的に時間移動していた。
 二度目は状況を見極めようとして、結局後手に回って刺された。
 三度目は、一人の包丁をかいくぐった時、突如現れた二人目に刺された。
 四度目は夜中のうちに窓から逃げようとしたら、相手は窓の外にも潜んでいて、刺された。
 五回目には窓ではなく玄関から逃げようとしてみたが、結果は同じだった。

 ニュース番組が、八時を知らせた。
「じゃあ母さん、僕行くね」
「ううん、いいのよ。卒業式には出なくていいの」
 母さんが、そう言ってキッチンに入った。
「ふうん、そう。……父さん、何でクローゼットに入ってるの」
 指摘しないで、油断させた方が良かったかもしれない。けれど、黙っていることに耐えられなかった。
 それなりに仲の良い家族。平凡で普通の家庭。そう思っていたのに。
 クローゼットから父さんが出て来た。キッチンに立つ母さんと同じように、包丁を持って。普段はどこか間の抜けた印象の父さんが、明確な害意を両目に迸らせていた。
「お前が中学を卒業する日に、必ず殺すと決めていた。恨むなら実の父親を恨め」
 もう何度も聞いた言葉。僕は無意味だと知りながら、耐えられずに、これまでと同じことを叫んだ。
「ねえ、僕の実の父親ってのは、一体何をしたんだよ」
 答えずに、父さんが包丁で突いて来た。これも今までと同じだ。分かっていれば、一撃目は避けられる。父さんをかわし、キッチンから飛び出て来た母さんをくぐりぬけて玄関へ向かう。
 ドアの前に、登校のために靴を履き終えた姉さんがいた。
「あれ、何あんた。どうしたの血相変えて」
 さっきは、ここで逡巡してやられた。姉さんが鞄から包丁を取り出す手を、今回は平手で弾く。そのまま僕はドアに取りついた。
 そして、愕然とした。ドアにかけられたチェーンが、接着剤で固定されている。
 思わず動きを止めた時、三人の包丁が、僕の背中の筋肉を突き破り、内臓をえぐった。
「時間を戻させるな! 即死させろ!」
 何だって? 能力のことは、知られている?――……
 激痛の中、僕はタイムスリップを再度しようか、一瞬悩んだ。
 交通事故なら、一度体験すれば二度目は回避することができる。しかし僕の家族は、何としても今日の朝に僕を仕留めようとしているのだ。どうやら恐らくは、ずっと昔から三人でその準備をしていた。
 例え時間を何度戻ってやり直したところで、今日の今日、家族を翻意などさせられるのか。三人の決意の固さを前に、これまでに築いた家族の絆――最低限、話をすれば聞いてくれるだろうという程度の――は、欠片も見出せなかった。
 もしこの場を脱出できたところで、その後はどうする。殺意を抱いた家族を離れ、一人で生きて行くのか。そうまでして、生きる意味があるのか。
 それにしても、今の展開は不可解だった。いくら万全を期そうとしても、ドアチェーンに接着剤まで使うだろうか。僕がドアまでたどり着くことを、予想していたとしか思えない。
 まさか。
 三人の誰か、もしくは何人かが、時間移動が出来るのではないのか。
 だから、待ち伏せや罠も、適切に張れる。
 それじゃ、手も足も出ない。僕は、殺されるために今日をやり直すのか。何も分からないまま、自分の家の中で、ただ家族に殺害されるためだけに。
 せめて、真相を教えてくれ。そう言おうとして振り向いた瞬間、喉を掻き切られた。目の前に、怒りの形相で涙を流している姉さんがいた。いつもふにゃふにゃしている姉で、こんな顔、見せたことがないのに。

 皆に何があって、これまで、どんな思いで僕と暮らして来たんだ。
 気道が切断され、もう声が出ない。何も聞けない。
 タイムスリップを発動しようとした瞬間、左胸に父さんの包丁が突き刺さった。
 時間移動は成功するだろうか。それとも、ついに死ぬだろうか。
 姉の泣き顔を見ていたら、もう、どちらでも構わなかった。


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このストーリーに関するコメント

16/09/16 あずみの白馬

拝読させていただきました。
信じていたものが一瞬で崩壊する恐怖。そして家族という名の仮面をかぶった3人……。
時間を戻す能力が会っても必ずしも幸せになれない。
お姉さんが何かを知っているようだが、それすらもわからない。

すべてがわからないまま。不気味な読後感でした。
やはりクナリさんはすごいと思わざるを得なかったです。

16/09/16 空蝉

夢中になって、読んでいました。
この家族に何があったのか、主人公はどうなってしまうのか。
何も分からず終わるところが、ゾッとする余韻を残していて。
とても惹き込まれる作品でした!

16/09/17 クナリ

あずみの白馬さん>
超能力って確かにすごいけど、つまるところは人間が使う能力なので、「本人と周囲の状況」次第によってはまるで無用の長物と化してしまう、あるいはそれを持っていることを恨むことさえある…という辺りの意味において、「超能力ではない能力」と扱いに大差はないのかもしれない、という書き手の歪んだ価値観が出ている気がします!(胸を張る)
人知を超える力を持っていても、その活用の場が自分からも周りからも制限されてしまえば、自分が置かれている状況の解明すらできないということですね。
掌編では、能力や真相の説明に字数を割きたくないので「展開」に注力するのが常なのですが、パニックものになると特に顕著です(^^;)。

空蝉さん>
パニックサスペンス冥利に尽きるコメント、ありがとうございます!
実は自分、理不尽な状況に突き落とされた主人公が四苦八苦するタイプのサスペンスにおいて、「謎解き」ってあまり必要ではないと思っているんですよね。
真相って、解明してしまうと「とても異常な凄く面白い状況」に対する言い訳のように見えてしまって、せっかくの謎の脅威が薄まってしまう気がして。
それでこのような真相そっちのけの話になってしまっているっぽいのですが、それを許容して下さる方にはまことに感謝の極みであります!

16/09/29 浅月庵

クナリ様
拝読させていただきました。

すべての真相を明かさないからこその面白さがあると思います。
何度もタイムスリップしていると、なんのために生きようとしているのかわからなくなりそうですね。何度やり直そうと思っても問答無用で殺されてしまう、しかもその理由がわからない、また生きようと足掻く.......主人公の気持ちになってみると、より一層恐怖を感じますね。

16/10/10 みんなのきのこむし

拝読しました。
結局訳が分からないだろうとという不条理ホラー。タイムスリップ能力が役に立たず、逆効果になっていくのが上手い設定だと思います。

>何だって? 能力のことは、知られている?――……
殺す気で何年も家族をやってきたのですから、知っていてもおかしくないでしょう。そのため続く主人公の心理描写八行は過剰に感じられます。

一人語りによる描写表現が全体的に重いので、描写を整理してその間に動機を推測させるような家族のセリフの断片を入れ、しかし理由はやはり不明、というような書き方になると、話に弾みがつくかと考えました。

16/10/12 クナリ

浅月庵さん>
追い詰められる感じのサスペンスが好きなのですが、今回は物理的にというより状況として追い詰められている感じの物語でした。
そんなとき、「なんかよくわからん!」という要素がある方が好きなので、浅月さんにもお気に召していただけて嬉しいです!

みんなのきのこむしさん>
アドバイスありがとうございます!
次回以降に生かして参ります。

16/10/28 クナリ


海月漂さん>
理不尽さを肯定するというか、「フィクションだからといって、読み手が作品内全てのできごとに納得できるわけではない」という内容をけっこう書いてしまう気がします。
ホラーだと、それもひとつの恐怖の演出になることもあるのですが、それ以外のジャンルだと「なんでこのクズ人間は何にもひどい目に遭わないの?」「何でこんないい人がこんな目に遭うの?」「これはおかしい」と指摘されることも多く。
どんなできごとも、起こる時は起こるし、どうしようもないことはどうしようもない。それもまた、書きたいことのひとつなんですよね…。
「たまらん!」「こんなわけ分からん目に遭うのは嫌だ!」と思っていただければ、ホラーとしては成功かと思うのですが(^^;)。
コメント、ありがとうございました!

16/10/31 光石七

何度時間を戻っても殺される。それも信じていた家族に……
殺される理由や事情が全く謎というのが、更なる恐怖を駆り立てます。
ラストの主人公の境地が哀れで、切なくて、泣けてきました。
しかし、誰でも理不尽な憎悪・殺意を向けられる可能性があることを思うと、他人事ではないかもしれませんね。
見事なパニックサスペンス、堪能させていただきました!

16/11/02 クナリ

光石七さん>
ホラーは、ドッキドキしていただけてなんぼ…と思いつつも、ストーリー作りについ流れがちな自分でありますゆえ、純粋に「嫌だ!」と思ってもらえるものが書けていれば嬉しいです。
長らく「怖いのは何だかんだで人間」という価値観のもとにやって来たのですが、そろそろ人外モンスターの大暴れも書いてみたいと思いつつ、やはり基本になるのは「人間は何を怖いと思うか」だなあ…と思います。
書きながら学べることを吸収しつつ、楽しんでいただけるものが書ければいいのですがッ。
コメント、ありがとうございました!

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