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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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これが、最後の親孝行

16/09/14 コンテスト(テーマ):第118回 時空モノガタリ文学賞 【タイムスリップ 】 コメント:9件 冬垣ひなた 閲覧数:1388

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 認知症を患った佐和子が、粥の入った椀を畳の上にぶちまける。茂は苛立たしくて仕方がなかった。
「ああ……う……」
「飯も一人で食えねえのかよ」
 茂の家は、ずっと母一人子一人だった。父親は、田舎娘の佐和子が身ごもるとあっさり捨てて逃げた。生まれた茂は、荒んだ幼少期を送り、家の借金を返済するため馬車馬のように働かされた。挙句の果てに勤めた会社は倒産し、60を目前にした茂に独身無職という但し書きがついた。楽しい思い出なんて一つもない。
 佐和子の介護にうんざりしながらも、その年金に頼る暮らしが我ながら疎ましく、茂は毎日のように老母に辛くあたるのだった。
「早く、くたばれババア!」
 茂の暴言に、ワァワァと佐和子が泣きじゃくる。
 いつもの日常。
 しかし、今日は少し違う。
 佐和子が1枚の写真を握り、何かを訴えている。
 何だ?
 茂は、母の手から写真を取り上げた……。


 オウオウ、オウオウ。
 何が起こったのか分からなかった。
 茂は泣いていた。
 声の限り、腹の奥から泣いていた。
 息をするのもままならない。
 ど、どうしたんだ?
 うろたえたが声にならない。
 布団に寝ているのだったが、武骨だったはずの手足は異様に頼りない。見る物全てが大きく見えた。天井もやけに高い。
「茂、どうしたの?」
 隣に佐和子が添い寝していた。うんと若い日の母の姿がそこにあった。微かに乳の匂いがする。起き上がることも出来ない茂を、佐和子は抱き寄せ乳を含ませる。
 茂は、夢中で貪り飲んだ。
 暖かい腕の中、茂は生まれたての赤ん坊に戻っていた。


 1年、また1年が経った。
 どうやら茂の時間は、過去に戻ったらしい。
 自分の足で歩いた日。
 初めて喋った日。
 手のかかる赤ん坊として独りで生きる事のままならない日々だが、一挙一動に驚く佐和子の様子に、茂は今までの苛立ちが急速に萎んでいった。
 女手一つで茂を養った母の苦労を、何故忘れてしまったのだろう?
 元来の茂は、心根の優しい男だった。
 しかし挫折続きの人生は、茂の心を歪めてしまった。生きながら朽ち果ててゆく母の姿から目を背ける余り、茂は畜生にも劣る人間に成り下がる所だった。
 おかん、済まんかった……。


 元の時代に戻ることは諦めていた。
 このまま佐和子とここで暮らそう。
 いや、このままでは前の人生の二の舞になってしまう。
 母に楽な暮らしをさせたい。茂は固く心に誓った。


 大人の記憶を保った茂は、保育園の頃から神童と呼ばれ、小学校中学校は優秀な成績を収め、奨学金を借りながら有名高校と大学を卒業した。
 その努力の陰には、いつも息子に寄り添う佐和子の姿があった。
 社会的に成功した茂は猛烈に働く日々だ。酷い人生の面影は微塵もない。
 しかし最近、佐和子の物忘れが酷くなった。仕方がない。悲しいが、歳なんだ。茂は自分に言い聞かせた。
「大丈夫、景色の良い老人ホームがあるんだ。費用だって心配いらない、俺が最後まで面倒を見るから……」
 優しく伝えると、息子の頭を撫で彼女はにっこり笑った。
 それが母を見た最後だった。


 翌日、佐和子は首を吊り自ら命を絶った。


 おかん、どうして……!
 訳も分からず悲嘆にくれる茂の元に、1通の手紙が届いたのは、しばらく後の事だった。
 差出人は佐和子本人だった。

『茂。笑わないで頂戴』

 封筒の中に、1枚の写真が入っている。

『おかんは未来の世界から来ました』

 茂は、写真を見た。
 そこには、赤ん坊の茂を抱いて微笑んだ、若かりし佐和子の幸福な時間が切り取られている。

『前の人生では、茂を苦しめる駄目なおかんでした。おかんは頑張りましたが、未来は変わりませんね。優しい茂を忘れる前に、迷わず逝きます。どんな時も、情け深い心を持つ人になって下さい。おかんは、あなたを生んで幸せでした……』

 茂は震えながら手紙を握りしめた。
 おかん、違うんだ……。
 俺さえ生まれなければ、おかんは苦労しなかったんだ!
 こんなもの……!
 茂は、写真を千々に破いた。


 ……気が付くと、薄汚れた部屋の畳に、乾いた粥がこびりついていた。
 そしてワァワァと泣く老いた佐和子の姿があった。
 何十年も経ったはずなのに、見覚えのある景色。
 何も変わっていない。
 長い夢を、見ていたようだ……。
 一つ違っていたのは、うらぶれた茂の手にあった写真が、裏側からセロハンテープで丁寧に繋げられている事だった。
 そして、もう一つ。
 言葉も忘れたはずの母の口が、動いた。
「し……げる……!」
「おかん!」
 茂と老母は、今度こそしっかり抱き合った。
 くすんだ街のネオンが、まっさらな紙に落とした絵の具のように滲んで、二人の濡れた目にとても綺麗に映った。


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このストーリーに関するコメント

16/09/15 泡沫恋歌

冬垣ひなた 様、拝読しました。

ちょっとした行き違いから人生は大きく変わるものなのですね。
今度こそ、親子で仲良く暮らして欲しいと思います。

16/09/18 冬垣ひなた

泡沫恋歌さん、コメントありがとうございます。

自分がしんどい時に優しさを持ち続けるって難しい事なのだと思います。その想いをタイトルに込めました。書いている私もおかんの結末にかなり落ち込んだりもしましたが、伝えたい事を汲んで頂けて良かったです。

16/09/18 冬垣ひなた

≪補足説明≫
・画像はPixabayからお借りしたものを加工しました。

16/10/25 デヴォン黒桃

自分だけでなく、母親までもタイムスリップをしていたという二段構えに痺れました。
育児と介護は似て非なるもの、親を思う心と、子を思う心との交錯に感動しました。

16/10/28 光石七

拝読しました。
タイムスリップで本来の優しい心を取り戻し、人生をやり直していたのに、母の悲しい選択に胸が痛みました。
しかし、そこで終わらず、仄かな希望を感じるラストが……! 胸がじんとして、涙が滲んできました。
素敵なお話をありがとうございます!

16/10/29 冬垣ひなた

海月漂さん、コメントありがとうございます。

未来を変えるための努力が、現実の壁を乗り越えられないことは多々あります。タイムスリップ自体奇跡ですが、それでも変えられないもの、また変わらないものを描きました。母子の残りの時間が、本当の奇跡なのだと思います。


デヴォン黒桃さん、コメントありがとうございます。

タイムスリップものは別のテーマで今までに何度か書いたので、今回は捻りました。いい人生でなくても、やり直そうと思えば、そこからやり直せばいい。そういう思いを込めて書きました。


光石七さん、コメントありがとうございます。

私の作品は善人が善人であるがゆえに悲劇を迎える話が多いのですが、一口で言えば童話的なのだと思っています。母子がすれ違い、心通わせる。お読み頂いて心に残るものがあったなら幸いです。

16/11/08 そらの珊瑚

冬垣ひなたさん、拝読しました。

人に赤ちゃんの頃の記憶があったら、反抗期とかもなくなるかも?
(それはそれで困るかな、笑)

紆余曲折を経て、親子が心を通い合わせ、絆を取り戻すことが出来て良かったです。

16/11/13 冬垣ひなた

そらの珊瑚さん、コメントありがとうございます。

以前の記憶がある設定はラノベでよく見かけますが、介護と育児について思う所を書きたかったのでIFとして取り入れてみました。二人とも今までにないタイプのキャラクターだったので、歩み寄るラストで終わることが出来て私も良かったと思っています。

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