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浅月庵さん

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星の海を漂う本屋“アソラ”で

16/09/12 コンテスト(テーマ):第117回 時空モノガタリ文学賞 【 本屋 】 コメント:0件 浅月庵 閲覧数:1181

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 無限に広がる宇宙空間ーー。
 その星の海を漂う本屋“アソラ”。
 偶然その存在を知ってから、月一で通うようになった。

「いらっしゃい。レアなテキスト入ってるよ」
 店主のマットはハイマッキン星人だ。粘土をしつこいくらいこねくり回し、割り箸を数本突き立てたような形をしている。彼は地球言語で最も広く使用されている英語を理解してくれているので、とてもありがたい。
「どこの星のものだい?」
「ユポタック星で有名な作家が書いた“クダラン”って作品だよ」
「それ頂くよ」
「地球価値にして124万円だけど」
「構わない。いつも通り、そのテキストをユポタック語→英語に訳し、四六判で書籍にしてくれ」
「ちょっと待ってて」
 俺は本ができあがるまでの間、カウンターの隣にあるイスに腰掛ける。

「あなた、いつもそんなテキストの買い方をしてるの?」
 俺は不意に声をかけられる。その正体は全身ツルツルで丸っこいフォルムをしたケント星人の少女だった。
「ん?」
「店頭に存在するテキストは冒頭の2,000ワードまで試し読みさせてくれるじゃない。なんでそれをしないのかなって」
「お嬢ちゃん。俺は読書家じゃなくてコレクターなんだ。価値のあるテキストを本にし、それを部屋に並べる。まぁ、たまに本を開くこともあるけど、俺は飾るだけで大抵満足なのさ」
「星の数ほどもあるテキストのなかから、最も光るものを探す。それに巡り会えた時が一番幸せだと思うけど」
「そういう奴もいるもんかねぇ」
「あなたの買い方って、こう……子どもの落書きにしか見えない絵画に何十億も注ぎ込むようなものに似てるわね」
 俺はその少女の言葉にカチンとくる。
「価値観なんて人それぞれだろ」
「あなた、自分でその作品が良いかどうか判断してないじゃない。それって、あなたの価値観じゃなくて他人の決めた価値観に踊らされてるだけじゃないの?」
「まぁまぁ二人とも、喧嘩しなさんな。好きなテキストを、好きな形で買ってくれたらいいからね」慌ててマットが止めに入るが、俺たちの口喧嘩は止まらない。

「その道に優れた奴が吟味し、協議し、適正な価格がつけられる。俺が集めるテキストは間違いなく、価値の高いものだ!」
「ちょっと話が通じてないわね。わたしは価値じゃなくて価値“観”の話をしてるの。あなたは自分で見て感じたものに自信を持てないわけ?」
 難しい話は嫌いだ。あれこれ言う奴は嫌いだ。
「どういうことだよ」
「あなたがレアだからって理由で買ったテキスト、自分の部屋で見直してみて、どう感じたの?」
「どう感じた? 価値があるから高尚なものなんだろうと思ったよ」
「面白いとか、タメになるとか、反対につまらなかったとか、なにかないわけ?」
「んー。特になにも」
 少女は心底呆れた表情を浮かべたかと思うと、目をカッと見開いて俺を睨みつける。
「あなたの目は節穴! 見る目なし!! そのテキストたちって結局、あなたにとって価値がないじゃないの」
「なに言ってんだよ。だって……」
「本っていうのは、文章っていうのはね、人の感情を揺さぶるからこそ、その人にとって大切なものになったり、人生の重要な部分に一文思い出したりするものなの、本来は。あなたは多分、あなたにとって価値のある本に出会えてない!」
 少女はそう叫ぶと、空中にテキスト検索ビジョンを開き、テキストタイトルを入力する。
「おいおい、なにしてんだよ」
「マットさん。この作品も本にして。できあがったら、この人にあげて」そう言って少女は、5,000円をカウンターに差し出す。
「なんで小娘に奢ってもらわなきゃ……」
「読み終わったら感想聞かせて。今のところ、わたしが人生のなかで一番好きなテキストだから」

 俺は自宅に戻ると、124万円で購入した「クダラン」の本を、ガラスケースに飾る。
 いつもならその時点で充足感に満ち溢れるのだが、どうも気分がよろしくない。

 俺は、あいつが俺のために買った本を見つめる。タイトルは「時空モノガタリ」。5,000円で買えるテキストになんの価値があるんだろう、と思う。人の心を動かす? 意味がよくわからないけど、こんな低価格なものをガラスケースに並べるわけにはいかない。

 俺は、テーブルの上に置かれた本を眺めながら、溜め息をつく。
 読み終わったら感想聞かせて、と言っていた少女の顔を思い出す。

 渋々、最初のページを開いた。
 つられて次のページも目で追った。
 次第にページをめくる手が止まらなくなった。
 俺の口角が少しずつ上がっていった。と思ったら、下瞼が濡れていた。

 そこには確かに、俺が偶然アソラを知ったように、たまたま少女と出会ったように、光って見える文章があった。

 ーー俺はそいつと巡り会い、そして初めて、星を掴むことができたんだ。


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