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吉岡 幸一さん

性別 男性
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ハンバーガーショップ

16/09/11 コンテスト(テーマ):第89回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:728

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 ハンバーガーショップで遅めの昼食をとっていると、隣の席に向かい合わせに座っていた大学生くらいのカップルが喧嘩をはじめた。
僕は隣のテーブルなど気にすることもなく推理小説を読みながらハンバーガーにかじりついていたので、男がテーブルをたたいた時、思わずピクルスを喉につまらせて咳きこんでしまった。
「わかった。もうお前とはおしまいだな。別れてやるよ」
 そう乱暴に言うと男は席を立って、振り返りもせず店を出ていった。店を出た男をガラス越しに見ていると、男は自動販売機にぶつかって転びそうになりながらも肩をいからせて足早にビルの間に消えていった。
 残った女は何もなかったかのような平然とした顔をしていて、見ていた僕と目が合うと愛くるしい笑みを投げてきた。
「ふられちゃった」と、女はどこか媚びるように言った。
「そのようで」と、僕はつられて答えてみたが、ふたりが別れようが仲直りしようがどうでもよかった。もちろん理由などたずねるつもりもない。女はどちらかといえば美人の部類に入るだろうし、愛想のよさそうなこの女と話でもすればそれなりに楽しい時間が過ごせることは予想がついた。しかし今は早く本の続きが読みたかった。犯人が後数ページ先にはわかるはずだ。
 僕は話をしたそうな女の視線を避けて、本に目を落とした。女は僕の気持ちに気付かないのか、じっと僕の顔を見ている。熱い視線が突き刺さる。
「きっと彼は戻ってきますよ」と、僕は仕方なく言った。このままでは読書に集中できない。
「私もそう思うの。だって彼には私が必要なはずだから」
「そう、男には女が必要なんです。いつだって男には愛してくれる女性が必要なんです」
「愛しているっていうより・・・。愛されてはいると思うんだけど」
「そうですか、それは良かったですね」
 投げやりな僕の言葉にも動じることがなく、女は自分の言葉に満足そうにうなずくと、足を組んでガラス窓の先を見つめた。男の姿はない。
「もうすぐ、もう少ししたら、バツが悪そうな顔をして戻ってくるはず。戻ってきたら謝らなくても許してあげてもいいわ。男のプライドを守ってあげなくちゃね」
 この女と男がどれほど深い信頼関係で結ばれているのかわからないが、出て行った男を見た限りでは、そう簡単に戻ってきそうには思えなかった。このまま戻って来ない可能性のほうが大きいように思われてならなかった。
「もし、もしもこのまま彼氏が戻って来なかったらどうするんだい」
 わざわざ聞かなかったほうが良かったのかもしれない。女は一瞬悲しそうな表情を浮かべて考え込んだ。
「あなたが新しい私の彼氏になって」
 冗談なのか本気なのかわからない口調で女は答えた。
「光栄ですな」
 僕は愛想笑いを浮かべて、そう言葉を返した。
仮に半分くらいは本気だとして、僕はこの女と付き合うことができるのだろうか。都合良く現在恋人はいない。容姿に関するかぎりタイプと云っていい。性格は、おそらくなんとか合わせていけるだろう。恋人の芝居はできる。
しかし現実に恋しているわけではない。付き合っていけば恋が生まれ、やがては愛が育っていく可能性はある。だからといって、振った男の後釜に座る気にはなれない。後々面倒なことに巻き込まれたら嫌じゃないか。
僕は本に目を戻した。犯人が分かるところまで読み進めたら、本を閉じて店を出よう。幸い女は考え込んでいる。男が戻ってこないのが気になりはじめたのだろう。本気で戻ってくると信じているのだろうか。少なくとも他人の僕の目には店を出た男の姿は戻ってきそうには思えなかったのだが。一度も振り返らなかったじゃないか。
女は椅子の向きを変えて窓の外を見ている。テーブルの上には男の食べ残した半分のハンバーグとLサイズのポテトが手つかずのまま残っている。女はすでに自分の分はきれいに食べ終えていて、ジュースも空になっていたが、男のジュースはほとんど残っていた。
女は一度立ち上がって外に出て行こうとしたが、すぐに座りなおした。
「待ってないと、彼が戻って来たとき、私がいないと・・・」
 女は携帯電話に握りしめ、メールを送ろうか電話をかけようかと迷っている。しかし男に自分の意思で戻ってきてほしいようで、自ら積極的に働きかけたくはないようだった。女には女のプライドがあり、求めるより求められる存在でありたいという強い想いが女を身動きできなくさせているのだろう。
 女が話しかけて来なくなったおかげで、僕は犯人が判明するところまで短時間で読むことができた。おそらく女が話しかけて来なくなって目的の箇所まで読み進めるのに十分とかからなかっただろう。
 僕は本を閉じて立ち上がった。「そろそろ、行きますので・・・」
 女は僕のほうを何か言いたそうな目で見たが、なにも言わなかった。何も言えなかったといったほうがいいのかもしれない。女の目は、まだ行かないで、と言っていた。不安そうな寂しそうな悲しそうな目だった。
 そのとき僕の目に飛び込んできたのは、去った男が戻ってくる姿だった。ビルの間から急ぎ足でまっすぐに店をめがけて歩いてくる。
僕の表情の変化に気付いたのか、女は振り返ると窓の外を見た。そしてすぐに戻ってくる愛しい男をみつけた。女は軽く悲鳴を呑み込むような声をあげて立ちあがると、戻ってくる男のほうをじっと見て確信すると、背をむけて座りなおした。喜びを強引に隠し、平然とした顔つきを作り、携帯電話を開いてゲームをし始めた。もう僕の存在などもうどうでもよいようだった。
 僕はこれ以上声をかけることもせず、テーブルの上を片付けるとすぐに店を出て行った。
男が食べ残していたハンバーガーの開いた包み紙の下に小さな小銭入れが置いてあったのを見つけたが、そのことを女に伝えることはしなかった。女の席からは死角になっていて小銭入れは見えないに違いない。知らないほうが良いことだってあるだろう。誤解しておいたほうが幸せなことだってあるだろう。
 店を出たとき、汗をかいた男とすれ違った。男が戻った時、どんな会話が交わされるのかわからない。ただ二人が仲直りすることを僕はほんの少しだけ祈っていた。



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