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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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昭和古本屋ものがたり

16/09/10 コンテスト(テーマ):第117回 時空モノガタリ文学賞 【 本屋 】 コメント:9件 冬垣ひなた 閲覧数:1572

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「お母さん、おこづかいちょうだい」
「無駄遣いしたらあかんよ」
 夕食の買い物に出かける母は、わたしに100円玉を握らせた。
 近所で駄菓子を買って、おつりの20円は週末までためておく。
 日曜日に通うスイミングスクールのそばには、年季の入った古本屋があった。
 ためたお金は、そこでマンガを買う。ほらね、ちっともムダじゃない。
 そんなわたしに母は苦笑するが、何かをするのを止めた事は一度もなかった。
 1980年前半、バブル景気のほんの少し手前。まだそれほど豊かでなかった昭和の時代、わたしたちの未来はがむしゃらで明るかった。


 古本屋の名前はもう忘れてしまった。何もかも色褪せた中に映えた、若草色の店舗用テントだけは覚えている。
 この古本屋を最初に見つけたのも、母だったに違いない。
 軒先にはしかつめらしい大きな本が無造作に積み上げられていて、左右の壁面の本棚も一杯に溢れていて、外からはとても子供の入り込む所には見えなかった。
 しかし、狭い店内に入るとマンガも置いてあったりした。
 通路の奥には、レジの前に座ったおじさんがいる。店主だ。
 いらっしゃい、の声があるわけでもない。
 けれども、どれだけ立ち読みしても怒られはしなかった。
 母が買い物に行っている間、プールの後の濡れた髪のまま、わたしは夢中になって読んだ。
 こうしてわたしは、物心ついた幼稚園の頃から小学5年になるまでの週末を、よく古本屋で過ごした。


 時間を密閉したような古本屋の棚から、本を取り出すときの胸の高鳴りは、すでに一度ならずも人の物となり、新たな持ち主を求めてさまよう物語との出会いであった。
 売っている本はどれも日に焼けていて、子供なりに歳月を漠然と感じた。
 幾星霜を経たページを目で、指で確かめる。どうかしたらバラバラになってしまいそうな紙の上で、面白おかしくキャラクターが生きている、不思議なものだ。
 古いのに新しい。枯れてゆく花のように見えて、物語の瑞々しさはちっとも失われないのだった。
 それどころか、輝かしい未来の光すらこぼれる。
 ほら、今日あったイヤなこともすぐ消える。
 わたしは100円を出して、また本を連れ帰るのだった。


 ある日、母がふらっと自転車で出掛けて帰って来た時、荷台の上には分厚い百科事典が乗っていて、紐で頑丈に括られていた。
「うわっ、どうしたん!これ」
 わたしがびっくりするのを待っていたように、母は胸を張って言った。
「古本屋で買って来たんや!5000円もしたんやで」
 自転車で片道40分の距離を、母は重い本を2往復もして持ち帰ったのだった。
 箱付き布張りの百科事典は全部で11冊あって、保存状態も美しく、家の本棚には窮屈過ぎたけれど、何度も取り出しては眺めていた。
 一杯の本に囲まれて、学者さんになったみたい。夢のようや。
 次に古本屋へ行ったとき、母の言った通り、入り口にあった本置き場がごっそりと窪んでいるのを見つけて、やっぱりここにあったんだと思った。
 おじさん、百科事典買ったん、うちのお母さんやねん。本はうちの子になったんや。
 声を上げて言いたい位だった。


 その後何か、とりたてて事件があったということはない。
 ミヒャエル・エンデの「はてしない物語」に登場する少年のように、わたしは古本屋から本を盗むという大それた事もしなかった代わりに、ファンタスティックな異世界へ行く事もなかった。
 しかし百科事典は、古今東西の場所に心を連れて行き、見たこともない鳥や花に出会う夢を作ってくれた。美しい国が地球上のどこにあるか眺めることができたし、わくわくするような未知の宇宙ともいえる知識が、本の中で眠っていた。
 元々は、庶民の手に届くことない途轍もなく高い値段の本であったと思うのだ。
 だが、お金持ちでもない、けれど本がとても好きな親子がいたとして。
 その母親が、宝くじに当たったようなウキウキした顔でやって来て。
「おじさん。私の娘が好きなのは、おもちゃでもドレスでもない、この本なんです」、そう言って自慢の逸品を満面の笑顔で買って行くことを、あの無表情で無口なおじさんは、少し期待していたのだろうか。
 だとしたら、ちょっぴりファンタジーだ。


 大人になり、わたしは物語を紡ぐ側の人間になった。
 あの古本屋はなくなり、街は変わってしまった。
 けれども「おしまい」とは死ではない事を知った、あの心を耕すような日々を忘れはしないだろう。
 この物語は、ボロボロになるまで読まれた本たちが、失われた後もわたしの糧になり、そのいくつかは今も心に強く根を下ろす存在になった、という話だから。
 今が遠い未来だった頃。
 古びた本に貰った夢の数々は、記憶に生きるセピア色の古本屋で、きっと今も遊んでいる。


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このストーリーに関するコメント

16/09/10 冬垣ひなた

≪補足説明≫
・この物語は私の自伝的小説で、自身の投稿50作目になります。いつも閲覧・評価・コメントありがとうございます。頑張って良い作品作りを目指したいと思いますので、これからもよろしくお願いします。
・左の写真は写真ACから、右の写真はストック・フォトからお借りしました。

16/09/11 葵 ひとみ

冬垣ひなたさま。

拝読させて頂きました。

50作品目、心からおめでとうございます(*^^*)

一言で「昭和古本屋ものがたり」もとても「詩的」です(^▽^*)

リリカル(lyrical)――

主人公=冬垣ひなたさんの豊富なボキャブラリーが軽快なリズムにのって、
作品の世界の中に私が入りこんでしまいました(*^^*)

主人公は詩を読んだり、詩作も得意なのかな?と思ったりしました。

いつ読んでも、冬垣ひなたさんの作品は素晴らしいと感じてしまいます。

16/09/15 冬垣ひなた

葵 ひとみさん、コメントありがとうございます。

お言葉に感謝します。今までは試行錯誤でしたが、これからはより一層丁寧な作品作りを心がけてゆきたいと思います。

児童文学的に書くべきか悩んだのですが、描写に字数をとられますし、若い方にはとっつきにくいかと思い、現在の自分から見た昭和ノスタルジーを文章にしてみました。作品に入り込んで頂けて嬉しいです。
詩は他サイトで時折書いていますが、まだまだビギナーです(*ノωノ)これからも精進してゆきたいと思います。ありがとうございました。

16/09/16 あずみの白馬

拝読させていただきました。50作品目おめでとうございます!

古本屋、一度読まれた本が新たに魂を吹きこまれる場所だけに、とてもワクワクしますよね。
百科事典、想い出の本になったと思います。様々な風景を見せてくれるので、私も好きです。

結びの一文もよかったです。良作だと思います。

16/09/16 冬垣ひなた

あずみの白馬さん、コメントありがとうございます。

今までを振り返り感無量です。あずみのさんもお世話になり改めて感謝します。
昔ながらの古本屋さんは今でもふらっと入ります。大雑把に置いてあったり、逆にこだわりの陳列など見ていて楽しいです。百科事典には大人になるまでお世話になりました、ずっと忘れないでいたい私の原点です。これからも頑張りたいと思いますので宜しくお願いします。

16/10/12 奈尚

作品、拝見しました。
古本屋ではなかったのですが、私も小さい頃はスイミングスクールに通っていて、帰りは必ず本屋に寄っていく子どもでした。その頃の情景がなつかしく思い出されて、とても楽しかったです。
また百科事典ではなかったですが、作品にも登場する「はてしない物語」など、多くの本をねだっては、誕生日などに母に買ってもらったのもなつかしい思い出です。
温かい、胸のほっこりとするお話でした。ありがとうございました。

16/10/13 冬垣ひなた

奈尚さん、コメントありがとうございます

奈尚さんもがんばっておられたのですね、スイミングスクールは厳しかったですが、頑張った自分にご褒美でしたね。「はてしない物語」は当時「ネバーエンディングストーリー」の名で映画化されたのですが、これが映画にはまったきっかけにもなりました。本を通じて色んな事が思い出されます。個人的な題材ですが、どこか心通じ合うものがあるのならとても嬉しいです。こちらこそありがとうございました。

16/10/22 光石七

拝読しました。
懐かしい古本屋の情景、百科事典の思い出、本からもらった夢や希望など、優しいタッチで描かれていて、心にすっと入ってきました。
ひなたさんの原点を見せていただいたような気がします。
温かい気持ちになれましたし、物書きとしてこちらも背中を押してもらったような、素敵なお話でした。

16/10/29 冬垣ひなた

光石七さん、コメントありがとうございます。

昭和の話といえばサザエさんやちびまる子ちゃんですが、既存のものと違うイメージで書くのに結構苦労しました。改めて見直してみて、自分らしいものが書けたかなと満足しています。この作品が、光石さんの心に少しでもお力になれたのなら嬉しいです。

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