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本宮晃樹さん

ふつうにサラリーマンをしております。 春夏秋冬、いつでも登山のナイスガイ。 よろしくお願いします。

性別 男性
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おっさんよ、大志を抱け

16/09/07 コンテスト(テーマ):第117回 時空モノガタリ文学賞 【 本屋 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:868

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「うちの雑誌はまぎれもなくクソですがね」編集者の若造は俺のネームをチン毛かなにかみたいに思っているふしがある。「だからってそこに載る漫画までクソにしてくれなくてもいいんですよ、日下部さん」
「そんなにだめかな、この内容」
「これのどこにゴーサイン出せる要素があるのか教えてもらいたいもんです」若造はコーヒーをまずそうにすすった。「そんなものがあればの話だけど」
 二十歳近くも下の生意気なガキにへらへら忍従するのは並大抵の精神力では務まるまい。だがやってのけた。「ごめん。書き直してくるよ」
「それが賢明でしょうね。だめ出しするんで聞いててください」
「頼むよ」
 若造は盛大にため息をついた。「日下部さんさあ、記憶力に自信ありってわけじゃないんでしょ?」
「なんでわかったんだい。朝いつも部屋の鍵を探しちゃってね」人懐こい笑みを浮かべてみた。若造の眉間にしわが寄る。火に油を注いじまった。
「鍵の場所もろくに覚えられないおっさんが、ぼくのありがたいお説教全部をそっくり覚えたまま部屋に辿りつけるだなんてことがありえますかね」
 俺は大慌てでメモ用紙を取り出した。「すまん」
 だめ出しはどちらかというとネームの内容にではなく作者自身のことへと脱線しがちで、やつによれば俺は「史上最低の漫画家」であり、「才能がないくせに努力を怠る稀有な人材」で、「いっそのこと連載もろともこの世から消えるべき」なのだそうだ。
 人気のないがらんどうのアパートに戻ってひとしきり泣いたあと(アラフォーの大人がだよ)、こう自問した。
 夢を叶えて俺は幸せになっただろうか?

     *     *     *

 見覚えのある顔が歩いてくる。駅前通りの雑踏。逃げ場はない。たぶん地銀に勤めていたときの同僚あたりだろう。顔を伏せてやりすごす。
「あれ、日下部か?」なぜこっちの意を汲まない?「なあ日下部だろ。元気だったか?」
 観念して顔を上げた。やはりもと同僚だった。「久しぶりだな」
「辞めたのいつだっけ」
「三年前くらいかな」
「もうそんなに経つのか」やつはあたりを見回しもしない。近くにくつろげそうな喫茶店はいくらでもあるが、明らかに立ち話で十分だと思われているのだ。「で、夢がどうとか言ってたけど、結局いまなにしてんの」
「長年投稿してたのが入賞してね。漫画描いてるんだ」
「へえ! タイトル教えてくれよ。今度読むからさ」
「勘弁してくれ。マイナー誌だし、ろくなもんじゃない」
「ふーん」あっさり引き下がってくれた。もともと興味なんかなかったのだろう。「嫁さんは元気か?」
「たぶんね」
「なんだよそれ」
「離婚したんだ、俺たち」その瞬間、やつの目に映っていたのは憐みだった。心臓が早鐘を打ち始める。「漫画一本で食ってくのを理解してもらえなくてな」
「そうか。人生いろいろだ」お前みたいなのも含めてな。同僚はそう続けたかったにちがいない。
「すまん用事を思い出した」
 俺は駆け出した。すぐに息が切れて立ち止まったが、そんなに必死で逃げることもなかったことに気づく。
 誰が人生の敗者と話なんかしたがる?

     *     *     *

 同僚から逃げてきて一息つくと、例の本屋にいることに気づいた。あまりにも通い詰めるうちにすっかり潜在意識下へ帰巣本能のごとく、ここが刷り込まれてしまったらしい。
 汗を拭って単行本エリアをおそるおそる確認する。あった。若造言うところの「パルプの無駄遣い」の新刊だ(この本屋の店長は明らかに商才がない)。
 あとは我慢比べだ。立ち読みしつつ一冊でも売れやしないかと煩悶するのだ。言うまでもないだろうが、いままで売れた瞬間を目撃したことはない。
 数世紀も経ったころ、女子高生が店に入ってきた。一直線にこっちへやってくる。わかってる。星の数ほどある漫画のなかから俺のを選ぶ理由はない。
 彼女の手が宙をさまよう。平積みされた人気作家の作品には目もくれない。俺の恥の集大成を手に取った。さあ見ものだぞ。いまにまちがいに気づいて戻すはずだ。
 女子高生は予想に反して紙ごみを手にしたまま足取りも軽やかにレジで精算し、自転車をつっかけて見えなくなった。
 その瞬間、俺の脳裏にこれまでの人生がフラッシュバックした。十五年にわたる投稿、入賞、退職、離婚、極貧生活。これが夢を手にした代償だった。
 いまそのすべてが雲散霧消し、大切ななにかに収斂していく。とても信じられないことにこの世には俺の漫画を――いいか、俺の漫画だぞ――買ってくれる人がいるのだ。
 涙があふれてきた。拭ってもきりがない。事情を知っている店長がやってきて、ぽんと肩に手をおいてくれた。
 もう一度問おう。夢を叶えて俺は幸せになっただろうか?
 なった。どうだ参ったか!


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