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黒谷丹鵺さん

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ナリヒラの夢

16/09/05 コンテスト(テーマ):第116回 時空モノガタリ文学賞 【 裏切り 】 コメント:8件 黒谷丹鵺 閲覧数:1447

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他人は僕の容姿をうらやむ。
僕の出自をうらやむ。
歌の才をうらやむ。
帝のおぼえめでたきこともうらやむ。

しかしながら僕は僕自身の汚らわしさを厭うていた。

欲望のままに僕を愚弄するもう一人の僕。
心にもない甘い言葉を紡いで女房や姫君を口説き、身も心も根こそぎ喰らい尽くして屍のようにしてしまう。
そのあいだ、僕は閉じこめられて震えながら僕の所業を見ていることしか出来ぬのだ。
快楽は彼の僕だけのもので、その後の苦しみは此の僕が一身に背負う。
風流びととうらやむ声と、まことの恋を知らぬ男よと憐れむ声が、つむじ風のように僕を巻き込んで高みに押し上げ急降下して地べたに叩きつけんとする。
僕の中の僕が本当の僕なのか、僕を閉じこめる僕が僕なのかわからなくなる。
ああ汚らわしい。
猛威を振るう僕も、震える僕も消えてしまえ。

それでも僕は芳しい香を焚きしめた絹の衣をまとい、優美な仕草で扇を手に微笑む。
綺羅綺羅しい面の皮の下には、我が身の瘴気から生じた毒が満ちているというのに、誰一人そんなことには気付かずうらやむのだ。


ある日、僕は苦しさに耐えかね出家しようと思い立った。
縁の寺に参ろうと急ぐ途中、足を傷めて難儀している姫と出逢うた。
大臣が掌中の珠のように慈しんでいる姫であった。
近いうちに帝のもとへ入内するはずの姫は、それまで喰らい尽くした女性と違い清らかであどけなく、僕は密かに文を送り得意の甘い言葉を紡いだ。
帝などよりこの僕こそ姫に相応しいと、この姫ならまことの恋を捧げてくれると思うた。
されど、心のどこかで僕は拒まれねばならぬとの思いがあった。
それは最初ほんの小さなものであったに、姫からの返歌が届くたび大きく育ちて僕を苛みはじめた。

姫は僕を容易に受け入れぬからこそ貴く清らかであるのに、逢瀬を重ねる仲などになってしまったら、忽ちその意味を失うてしまうではないか……。

否、あの姫なら逢瀬を重ねることで僕の身も心も浄化させて救ってくれるはず。

僕の葛藤は日ごと夜ごとに激しさを増し、ついに僕は姫を試す決意を固めた。
入内を控え慌ただしい邸内に忍び入り、女房の手引きで姫の寝所へ。
姫ははらはらと涙をこぼし、入内などしとうないと僕に小さき手を伸ばした。
愛しい姫の願いとあらば応えぬわけにはいかぬではないか。
僕は姫をさらって逃げた。
都の外れにあり別邸めざし牛車を走らせた。
姫は僕の懐で目を閉じ、幸せそうにまどろんでいた。
寝顔をしげしげと見つめるうち、僕はなぜこのような大それたことをしてしまったのだろうと思いはじめた。
よく見ると姫は平凡でどこにでもいそうな乙女である。
僕が送った歌に比べると姫の歌は拙く、それが擦れていない証しのようで貴く感じていたが、一つたりとも覚えておらぬ。僕の心に響く言葉がなかったからではないか。

僕を、僕の中の僕が裏切った。

大臣の愛娘、もうすぐ入内する、恋の手管を知らぬ姫。それらの事柄が僕に夢を見せたのだろう。
汚れていないのは今まで僕のような悪い男の手にかからなかっただけ。
この姫のために帝を裏切ったとしても、僕は浄化されることも救われることもないであろう。


眠りこんでいる姫を置いて、僕は牛車を出た。
従者に命じて大臣邸へ引き返させる。松明の灯りが遠ざかっていくのを、じっと眺めていた。
やがて、星のない夜が真の闇で僕を包みこんだ。


なにがしかの噂が流れたようであるが、姫は予定通り入内した。

僕はというと、なに一つ変わらない日々の中で汚れ続けているばかりである。
苦しみは相変わらず僕を苛んだが、夢などもう見ない。

他人がうらやむほど満ち足りてなどいない。
僕の前には闇路往くような日々しかなく、それは地獄へ続いている。
ただそれだけのことであった。


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このストーリーに関するコメント

16/09/08 W・アーム・スープレックス

何度も読み返すに値する作品だとおもいました。読み返し、自分もまた作品とともに自分と葛藤し、苦悩し、真の闇につつまれる恐怖を味わい、そして行きつくところは地獄―――結びの、ただそれだけことが、胸に強く響きました。ただストーリーテラーとよぶだけでは物足りないほどの、物語の構築力に感心しました。黒谷丹鵺さんというお名前がまた作品にぴったりマッチしていますね。

16/09/08 あずみの白馬

拝読させていただきました。
もうひとりの自分の欲望を抑え切れないナリヒラ、行動に出ながらもなんとか押さえつけたものの「それは地獄へと続いている」
人の業の深さを考えさせられる作品だったと思います。

16/09/08 黒谷丹鵺

w・アーム・スープレックスさま。
卓越した文章力をお持ちの方から過分な御評価をいただけて恐縮です(滝汗)
改行や言葉選びなどまだまだ勉強不足ではありますが、頂戴したコメントを励みにこれからも頑張っていこうと思います。
ありがとうございました。

16/09/08 黒谷丹鵺

あずみの白馬さま。
在原業平に関するエピソードのほんの一欠けらを膨らませてみたのですが、古文調にしてみようか、一人称も麿などでは雰囲気がイマイチ……などと悩んだ結果こんな中途半端な出来になってしまったものです。そんな拙い表現から色々とくみ取っていただけて嬉しく思います。
ありがとうございました。

16/09/12 そらの珊瑚

黒谷丹鵺さん、はじめまして。拝読しました。

タイトルに惹かれ、読み始めてみれば、現代調で統一されていて、
スルスルと読めて面白かったです。
プレイボーイとされがちな彼の苦悩と満たされないもの、無常観のようなものが
とても近くに息しているかのように伝わってきました。

16/09/18 黒谷丹鵺

そらの珊瑚さま。
はじめまして。ご閲覧ありがとうございます。
人間の内側の多面性や無常感を織り込んたつもりでしたので、ご感想とても嬉しいです。
良くないとわかっていながら止められず、地獄に向かっている自分を皮肉に眺めることしか出来ない、そんな人だったらという妄想の産物です。
ありがとうございました。

16/09/28 光石七

拝読しました。
“昔男”でも有名な在原業平の内面をこのように膨らませ描き出されたとは、ただただ感服です。
とても読みやすく、すっと作品の世界に引き込まれました。読み進める間も、業平の苦悩に心がギュッと掴まれるような感覚でした。
秀作だと思います。

16/10/08 黒谷丹鵺

光石七さま。
コメントをありがとうございます。気が付くのが遅く失礼いたしました。
鍛え上げた妄想力で挑戦してみました……歴史上の人物を勝手にあれこれ妄想するのが好きなもので(笑)
読みやすい文章を心掛けているので、お褒めに預かりとても嬉しいです。

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