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ポテトチップスさん

夜が好きです。夜に仕事をして、太陽が降り注ぐ時間は寝ています。夜は静かで心が落ちつきます。

性別 男性
将来の夢 時空モノガタリ文学賞に5回入賞すること。
座右の銘 七転び八起き

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死者に同情する記者

16/09/04 コンテスト(テーマ):第117回 時空モノガタリ文学賞 【 本屋 】 コメント:2件 ポテトチップス 閲覧数:608

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 新宿から電車を乗り継いで約1時間、八王子駅に到着したトキオは、黒いリュックから地図を取り出し住所を確認する。さらに徒歩で歩くこと15分、目的地の本屋跡地に着いた。
 もうすでに町田書店の店は取り壊され跡形も無かったが、深さ1メートル程掘られた形跡が、真実を物語っていた。
 トキオはリュックからデジタル一眼レフカメラを出して、現場の写真を数枚撮影すると、メモ帳に感じたことを書き留めた。
 事件は2016年の春に突然、世間を賑わした。店主の町田庄一が75歳で亡くなり、町田書店は廃業になった。行政執行によって店が取り壊されると、駐車場の土の中から麻袋17個に入った旧5千円札が大量に発見された。警察のその後の調べて紙幣は本物で間違いなく、現在の価値で5億円だった。
 世間を賑わしたのは5億円という大金が土の中に埋まっていたことだけではなく、昭和54年に起きた現金輸送車襲撃事件と、関係が深いという警察の発表があったからだ。
 大金の発見から半年が経過し、マスコミの苛烈な報道は収束に向かっていたが、トキオは編集長から取材して来いと言われ、こうして八王子市の住宅街に建つ町田書店跡地に赴いたのだった。
 前から犬の散歩をしている70歳過ぎに見える老人男性が、こちらに向かって来たのでトキオは話しかけた。
「取材よろしいでしょうか?」
「取材?」
「はい。町田書店の店主の庄一さんと息子のマサオさんは、どんな人物だったのでしょうか?」
「ああ、また町田さん親子に関する取材ですか。もうマスコミが取材に来てから野次馬が大勢くるようになって、物騒な街になって困ってます。もういい加減、止めてもらえませんか」
 老人はため息をついた。リードで繋いでる柴犬が、トキオの靴を舐めている。
「野次馬を煽るような記事は書きませんので、ご協力頂けないでしょうか?」
 老人がリードを引っ張ると、靴を舐めていた柴犬は老人の足元でおすわりした。
「町田さん親子は、悪い人じゃなかったですよ。本屋も朝早くから開店して夜遅くまで営業してました。2人とも仕事熱心で人あたりもよく、小さな本屋でしたけど品揃えが豊富で客が多かったですね。けど……」
「けど、何でしょうか?」
「庄一さんの方は、晩年は寂しそうでしたね……」
 トキオはメモ帳から目を上げて、老人の話を目で促した。
「庄一さんは奥さんを早くに亡くされて、一人息子のマサオさんも22歳の時に突然死されてるんです」
 マサオの突然死は、マスコミでも多く報道されていて、トキオも知っていた。
 老人はタバコを吸ってもいいかと聞いた後、タバコに火をつけ吸い始めた。
「健康的な青年だったので、亡くなった時は驚きました。毎日、本屋で働いてましたから」
「亡くなられた時期は、現金輸送車が襲撃された同い年の同じ月だったそうですね」
 老人は大きく頷いた。
 トキオは疑問に感じたことを聞いた。
「現金輸送車が襲撃されたのは八王子市ですが、事件があった時、町田さん親子に何か変わったことはありませんでしたか?」
 老人は短くなったタバコを、水が流れている側溝に捨てた。
「ああ、そう言えば……、現金輸送車が襲撃された3日後に、1週間くらい本屋が臨時休業になったの覚えてますよ。ちょうど本を買いに行ったら、店のシャッターに休みの張り紙が貼ってあったんです。そうだ……」
「何でしょうか?」
「店が臨時休業中だった日の真夜中だったかな、私、残業で仕事の帰りが遅くなったんですが、庄一さんが店の駐車場をスコップで掘っていたの、いま思い出しましたよ」
 トキオはスクープを得られたと思い、体に鳥肌がたった。
「その時、庄一さんに話しかけましたか?」
「いや、何も話しかけずに家に帰りました」
「マサオさんが亡くなられたのは、現金輸送車が襲撃された同じ月ですが、マサオさんについてもっと詳しい情報はありませんか?」
「マサオさんには、重い病気を患っている彼女がいたと思います。確かアメリカで移植手術を希望していたそうですが、多額のお金が必要で受けられないんだと、マサオさんが私に話してくれたの覚えてます」
「その彼女は今どちらに?」
「さあ……、分からないです。生きておられるのかも知りません。そろそろ終わりにしてください」
 トキオがお礼を言うと、老人は犬を連れて去って行った。
 旧紙幣が本屋の駐車場の土の中から大量発見されてから、突然死したマサオが現金輸送襲撃事件に関わっているのではとの報道が多かったが、その核心的な根拠は警察すら掴めずにいた。
 老人への取材はその根拠となる核心を迫るスクープだった。だが、トキオはこれを記事にするのは止めようと思った。なぜなら、自分の彼女がアメリカで臓器移植を希望し、多額のお金を必要としているからだった。マサオの気持ちがトキオには分かった。


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このストーリーに関するコメント

16/09/08 あずみの白馬

拝読させていただきました。
回想でしか人物は出てこないのに、それぞれの行動が垣間見えて来る描写が良かったです。
記者のその後がすごく気になります。

16/09/09 ポテトチップス

あずみの白馬さんへ

コメントありがとうございます。
トキオの彼女が、アメリカで臓器移植が成功すればいいですね。
数千万〜数億円くらいするのかな? 
トキオはお金集めに苦労していると思います。

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