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ハジメさん

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パピー・ストロベリー・ミルフィーユのワルツ

16/08/30 コンテスト(テーマ):第116回 時空モノガタリ文学賞 【 裏切り 】 コメント:0件 ハジメ 閲覧数:738

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 ミルフィーユの層を、
 ざくざくとフォークで突き刺しながら、
 裏切りというものについて考えてみた。

 裏切りという単語に後接するものといえば「者」だろう。
 裏切り者。
 間違っても裏切り動物とか、裏切り魚とかは言わない。裏切りウサギとか可愛いような気がするけれど、残念ながら私の周りでそんな言葉は聞いたことがない。

 おっとっと。
 私はフォークを置いて、まだ湯気がうっすら残っているティーカップに手を伸ばした。いけないいけない。この場の主役は間違いなくミルフィーユだけれど、紅茶は紅茶でメインを張れる品なのだ。おざなりに扱ってしまってはもったいない。少し温めの紅茶を飲み込みながら、私はもう一度、裏切りという言葉と向き合ってみた。

 裏切りは一体誰と誰の間で起こることなんだろう。
 人と人か。人とウサギか。ウサギとウサギか。
 人と人はあり得そうだ。裏切り者という言葉が表す通り、裏切る主体として一番想定されやすいのは人。これは多分間違いない。ちゃんとしたデータはないけど、多分きっと間違いない。

 私はもう一度フォークを握った。バリバリと音をたてながら、残りのミルフィーユにフォークを突き立てる。

 では人とウサギはどうだろう。なんとなく響きが可愛いからウサギを例に出してみたけれど、人以外だったら何でもいい。
 例えば、「飼い犬に手を噛まれる」なんて諺がある。この諺はAがBを裏切ったことを暗に示す言葉として使われたりする。
「飼い犬に手を噛まれた気分はどうだ?」
 なんて悪役が笑えば、主人公は恨みがましい目で悪役の方に寝返ったかつての旧友を睨みつけるかもしれない。
 でもこの諺を字面通り受け取るとしたら出てくるのは人と犬だ。いや、もっと丁寧に言えば飼い主と飼い犬。この場合も主の正体は人であるという解釈が一般的だろう。
 じゃあどうして、飼い犬に手を噛まれることが、裏切りを暗示することになるんだろうか。

 バリバリバリとミルフィーユの山を壊す。フォークはさしずめ稲妻のようにパイとクリームでできた楽園を壊す。しまいには最後の砦でもある赤い果実まで転がり落ちて、白い皿の淵で止まった。
 私はまた、紅茶の入ったカップに手を伸ばす。そしてそのカップを口元まで運ぶ。
 話を戻そう。そう、裏切り者の話だったか。

 なぜ飼い犬が手を噛むと、「裏切り」になってしまうのか。
 それはきっと、主が犬との間に信頼関係があると信じていたからだ。もっと汚いことを言えば、主に打算的な考えがあったからだ。餌を与え、下の世話をし、健康のため外にも連れ出す。そこまで手を焼いて、相手の存在を生かしているのだからそこにはある程度の見返りがあるべきだ、みたいな。
 悪役が「飼い犬に手を噛まれる気分はどうだ」とせせら笑うたび私は思う。
 そんな風に世話をされていた犬はどう感じるのだろう。
 いや、そんな風に思いを馳せることすら、犬に対して失礼なのかもしれない。私は裏切りに対してうだうだ考えを巡らすことは出来るけれど、動物に対してどう接することが敬意を持った行為となるのか、正解を知らない。

 もっと言えば人に対してすら、私は正しい解というのを持っていない。
 何をすれば正解で、何をすれば裏切りとなるのか。誰が私に信頼を寄せていて、誰が私を不審に思っているのか。見当もつかなければ予想も立てられない。

 生温い液体を嚥下し、カップをテーブルの上に戻す。小洒落たホテルのラウンジは終始居づらく、ボロボロになったミルフィーユだけが残骸となって目の前にあった。
 その向こうにはミルフィーユよりも崩れて、やつれて、ボロボロになった人が、くしゃくしゃになった紙をテーブルに置いて、ただじっと息を潜めていた。
 私はただじっとくしゃくしゃになった紙を見下ろし、小洒落たホテルのラウンジはBGMにクラシックを流し始めた。それまでの曲がどんなものだったか思い出せない。ただその曲が流れ始めた瞬間に、なぜか私は懐かしいと思った。
「子犬のワルツ……」
 目の前の人が、今際の言葉のように、ポツリと呟いた。
 ショパンが恋人に頼まれて作った、子犬のじゃれる様をモチーフに作った一曲。
「…………」
 私はぐちゃぐちゃになったミルフィーユをテーブルの中央へと押しやり、くしゃくしゃになった離婚届を目の前に置いた。そして鞄から取り出した印鑑でそこに判を押し、そのままの勢いでラウンジを出た。
 きっとあの人は、私がいなくなった明日を新しい子犬と共に生きるのだ。
 私はただ、噛まれた手を押さえながら、どうしてという言葉を飲み込み生きていく。
 私が悪いのか。貴方が悪いのか。私が打算だったのか。貴方が打算だったのか。
 飼い主がどっちだったのかも分からず、私はただ、裏切りという言葉について考えていた。


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