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宮下 倖さん

宮下 倖です。 楽しくたくさん書いていきたいです。

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たいへんよくできました

16/08/29 コンテスト(テーマ):第115回 時空モノガタリ文学賞 【幽霊 】 コメント:2件 宮下 倖 閲覧数:639

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「はい。たいへんよくできました」

 問題集の余白に花丸をつけると、志穂ちゃんは「小学生じゃないんだから」とくすぐったそうに肩を竦めた。胸元で揺れる柔らかそうな細い髪を指にくるくると巻きつけている。

「次までに残りのページ解いてしまいなさいね。はい、じゃあ今日は終わり。お疲れさま」
「はぁい、涼子センセーありがとうございました」

 二時間枠の家庭教師を終え、ほっと一息つきながら参考書や辞書をバッグに押し込む。机に頬杖をつきながら私を見ていた志穂ちゃんが真顔になり姿勢を正した。

「センセ、帰り気をつけてね。物騒だから」

 その言葉で、先週から大騒ぎになっている通り魔事件の被害者が彼女の同級生だったと思いだす。残念なことに被害者の女子高生は亡くなったはずだ。神妙に「わかった」と頷くと、志穂ちゃんは小さく息を吐いて目を伏せた。

「お葬式のときにね、担任の只木先生が大泣きしちゃって大変だった。……ねえ涼子センセー。人は死んだら必ず幽霊になるのかな?」
「え?」
「殺されたらさ、幽霊になって犯人のこと祟ってやればいいと思わない?」

 わたしだったらそうするな。憑り殺してやる。

 それこそ物騒なことを昏い瞳で呟いた志穂ちゃんは、ぱっと顔を上げてくるりと表情を入れ替えると「ごめんねセンセ、忘れて」とにっこり笑った。

 


 志穂ちゃんの次の授業枠は、彼女の訃報で消えた。通り魔事件のふたりめの被害者となった志穂ちゃんのお葬式に、私は信じられない思いで参列した。あちこちですすり泣く声が聞こえる。
 ひときわ大きな泣き声に振り向くと、顔を覆って慟哭する若い男性の周りを制服姿の女の子たちが囲んでいた。時折、誰かが「只木先生」と呼びかけている。あれが彼女の担任かと考え、彼のあまりの嘆きように抑えた涙がまた溢れる。ハンカチで目元を拭き、視線を中空に向けてぎょっとした。 

 泣き崩れる只木先生の斜め上に志穂ちゃんが浮かんでいた。生前の明るく可愛らしい面影はない。限界まで目を見開き、歯を剥き出し、憎悪に染まった表情で只木先生を見下ろしている。なんで? どうして? とあたりを見廻したけれど、志穂ちゃんが見えているのは私だけのようだった。
 柔らかそうな細い髪はくしゃくしゃに絡み合い、ブラウスのボタンはほとんど千切れ、チェックのスカートはずたずたに裂かれている。震えながら彼女を凝視するうちに、ことりと何かが胸に落ちてきた。心の縁でそれはくるくると円を描き、かこんとどこかに収まる。

 犯人はこの男かもしれない。志穂ちゃんを殺したのも、彼女の同級生を殺したのも、もしかしたらこの担任の先生かもしれない。いま目の前で、亡くした生徒のために号泣しているこの男が、もしかしたら……。
 震えは止まっていた。代わりに滂沱と涙が落ちる。目を背けたくなるような志穂ちゃんの様子から、彼女が犯人にどんな扱いを受けたうえに殺されたのかわかってしまった。

 ――殺されたらさ、幽霊になって犯人のこと祟ってやればいいと思わない?
 ――わたしだったらそうするな。憑り殺してやる。

 あのときの彼女の言葉が鮮明によみがえった。「志穂ちゃん」と掠れる声で呼びかけたけれど、彼女は身じろぎもせず、宙に浮いたまま只木先生を射抜くように睨みつけている。私はこの男が犯人だと確信した。けれど、証拠もないまま「この人が犯人です」と告発することは難しい。
 それならば……。

「そのまま憑り殺してしまいなさい」

 私の呟きは風がさらい、同時に志穂ちゃんの姿も散らして過ぎた。




「はい。じゃあ次はここまで解いておいてね」

 返事とも欠伸ともつかない声をもらして利香ちゃんが腰を伸ばした。二時間の家庭教師を終え帰り支度を始めながら、私は何気なく利香ちゃんに訊いた。

「ねえ、利香ちゃんの学校に只木先生っているよね?」
「いるけど……」

 曖昧に頷くと、彼女は部屋にふたりきりなのに顔を寄せて声を潜めた。

「でも死んじゃったよ。学校の屋上から飛び降りたの。クラスからふたりも通り魔被害者が出て心が弱ったんだろうって話だけど……」

 授業中に、幽霊がいるとか、許してくれとか叫んだりして何だかおかしかったみたい。

 続けられた利香ちゃんの噂話には尾ひれがふんだんについているようで、私は半分ほどを聞き流して帰路についた。

 明るい声で、朗らかに笑う志穂ちゃんの姿ばかりが浮かぶ。「小学生じゃないんだから」と照れくさそうに口を尖らせる可愛らしい様子までもが鮮明に。

 ――わたしだったらそうするな。憑り殺してやる。

 宵闇が深くなる空を見上げ、私は虚空に花丸を描いた。

「志穂ちゃん。たいへんよくできました」



 以降、通り魔事件はおきていない。




―― 了 ――


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このストーリーに関するコメント

16/09/01 時空モノガタリ

時空モノガタリ事務局です。
メールを送らせていただいておりますので、
ご確認ください。
お手数ですが、よろしくお願いします。

16/09/01 宮下 倖

【時空モノガタリ事務局さま】
ご連絡ありがとうございました。
メールにてお返事させていただきました。
お手数をおかけして申し訳ありません。

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